夏休みの最終日、何処に出掛けるでもなく父親と二人だらだらと喋っていたら直ぐに昼を回ってしまった。

豪星は立ち上がって炊飯器から白米を茶碗二つ分よそう。それを一旦側に置いてから、冷蔵庫から卵を二つ、キッチンから醤油をひとつ、箸を二膳手に取ると茶碗を器用に抱えて机の方へ向かった。

父親がぼんやりテレビを眺めながら、時折ツボに入って笑い声を響かせている。茶碗と卵が豪星の手から運ばれてくると同時に、振り返って「ねぇ」と話しかけてきた。

「すごいよ豪星君、これ全部お昼ご飯なんだって」

これ、と言われたのはよくある旅番組のよくある市場でのよくある昼ご飯の風景だった。

テレビの向こう側では、黒いエプロンにキャップを被ったお婆さんが「あるものを使えば安上がりだから」とはにかみながら丼をカメラに掲げて見せている。

赤ん坊の頭くらいの大きさの器から小さな魚たちが所狭しとひしめきあっている様はどうみても安上がりには見えなかったが、紹介される位なのであちらには大変溢れかえっているだろう。腹の減る映像に、ぐうと腹が鳴った。

「あれ生のシラスだよね?俺、生シラスとか食べた事何回あるかな」

「彼らはあれを毎日、この卵かけごはんと同じようにして食べてるんだよ?」

価値観の違いってすごいよねと呟きながら、同時に卵を割り入れる。ちなみに醤油は、豪星は混ぜる前に入れる派、父親は混ぜてから入れる派だ。

「この卵さ、猫ちゃんがこの前来た時入れてくれた奴だけどやたらと良いやつだよね、10個パックで100円そこそこじゃないやつがウチの冷蔵庫に入ってるの初めて見たよ」

「あの人が買ってくるの大抵こんなのだよ」

そして全てを台無しにするという。これこそ価値観の違いな気がしてきた。

「…ねぇ、これって全部猫ちゃんの自腹なの?」

「自腹だと思うよ?なんか凄いお金持ってるんだよね猫汰さん、一時期は毎日毎晩来てたからバイトしてる訳でもないみたいなんだけど…実家のお金かな?」

「ふうん?」と相槌を打った父親が「…いやいやまさか」と眉を訝しげに顰める。それが伝染するように「そういえば」と豪星も訝しげな声を上げた。

「変だなーとは思ってたんだよね、俺が学校行って帰ってくるともう先に部屋に居て、結構凝った料理してたり、隅々まで掃除もしてあったりするんだ、…俺より先に下校したんだとしても、あれだけ家事するのはちょっと時間的に無理があるんじゃないか?って」

そういえばどこの学校に行ってるかとか一度も聞いた事が無い。ただ、豪星の事が大好きな事と、料理が好きな事と、歳が一つ上な事しか知らない。

よくよく考えると謎だらけの人だな、と、思っている間にチャイムが鳴った。父親の方が立ち上がって扉に向かい、ぎしりと固まる。その向こうから「だーりーん!」と聞きなれた声が飛び込んできた。

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