本当に覚えがないらしく、きょとんとした顔で自分の懐をわさわさと探り始めた。古びた長財布がひとつと、大き目の巾着がひとつ。巾着の方を紐解き、中を見た父親があっと声を上げた。

「ほんとだ!ごめんごめん!おいてったつもりで持ってたわ!知らなかったあっははは!」

一枚のカードを取り出して、父親が再び爆笑しながらソレを豪星に渡した。何時もふらっと蒸発する時に置いていく必需品、もとい養育費というものを、今では意味がないのに受け取った。

「しっかし流石豪星君、身ひとつで暫く凌いだんだ、しっかりしてるなぁ」

「結局倒れたけどね、…お蔭さまでとんでもないのがつれちゃったよ、どう責任取ってくれるんだ」

「とんでもないのって?」

「猫汰さんに決まってるだろ、俺が倒れた時にたまたま出くわして介抱して貰ったらこのざまだ」

「なーんだ豪星君、お腹空いて倒れて、それを助けて貰って恋人になるなんて、中々ドラマな事してるね?」

「…今度猫汰さんの料理ふるまってもらおうね?」

「うん?料理得意なの猫ちゃん?それは楽しみだなー」

そしてあわを食うが良い。と、目を半分に落として考える。息子の企みには気づかず、父親は呑気にげらげらと笑うだけだ。

「料理といえば豪星君、お腹すかない?カップ麺買ってきたよー」

「わ、ありがとう、じゃあ次郎にも餌やるね」

ちょうど、膝元でごろごろし始めた次郎を一旦下ろして、奥にある餌と水入れを取りに行く。それらを洗って餌を盛り、次郎がかりかり餌を食べている間に次郎の寝床を掃除する。

粗方やり終えてから次郎を移動させ、机に戻ると、父親が早速カップ麺にお湯を注いでいた。二つ買って大体ワンコインで済むくらいの有り触れたバケツだ。

「なにか上に乗せる物ってあるかな?」と父親が呟きながら冷蔵庫を開け、途端「うわ!」と声を上げた。振り向くと、冷蔵庫の中にぎっしりと詰まった食材に腰を抜かしている父親の姿が見えた。

「なにこれすごいねぇ、未だかつて僕たちの家の冷蔵庫にこれだけ生鮮食品が詰まっているのを見たことがないよ僕は」

「それ猫汰さんが入れたんだよ、俺が居ない間も欠かさず入れてたんだな…」

「結構値が張りそうなものもあるなぁ…まぁ、僕も豪星君も適当なものしか作れないし、今度来た時に入れた本人に消化して貰おうか」

そしてあわを、以下略。

「…しっかし、神崎と良い顔と良い料理と良い、猫ちゃんって…いやまさかね、雰囲気違うし」

「ん?」

「なんでもないよ、それより豪星君、此処暫く家を留守にしてたのってどうして?なんかさっき猫ちゃんに色々説明してたけど、僕は当事者じゃないからもうちょっと詳しく教えてくれるかな?」

「………猫汰さんとの関係に悩んでたんだよ」

出来上がったカップ麺の、もう半分の蓋をびりびりと破く間、父親がひっそり笑って「うん」と頷いた。

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