豪星は物心つく歳になるまで、誕生日というのは年に二回あるものだと思っていた。
誕生日とは、何時もよりちょっと良い物と、ケーキを食べて面白い話が聞ける日だと思っていたからだ。
誕生日と、もうひとつのその日になると、父は豪星をコンビニに連れてケーキと好きなおかずとお菓子と、自分用の酒を買った。
それから、父親は時計が12時を過ぎるまでずっと豪星に楽しい話をしてくれた。その中でも豪星がひと際好きだったのは空を飛ぼうとした男の子の話だった。
その話は口説の癖に連載物で、夢と希望に溢れていて、けれど、何時も何処か現実的で、誕生日とその日しか聞けなくて、そんな、不思議な果敢なさが幼心によく響いたのだ。
父親は話を終えると、時計が一日を終える寸前に、懐からおもむろに小さな鐘を取り出し、近くに立てていた薄い板の前でちりんと綺麗な音を鳴らす。
ちりん、ちりん。
何度も何度も鳴らしてから、「なあ」と、その板に話しかける。
「豪星も、もう7歳になったよ、はやいもんだねぇ」
訳あって2日程龍児を無視した。
「…龍児君、俺が何に怒ってるか分かってるよね?」
2日ぶりに話しかけた龍児は、豪星の顔を見るなりびくりと震えさっと目を逸らした。その表情にはありありと苦渋が見て取れる。
「無視されて辛かったって顔に書いてあるよ?」
「!?」
「ちょっと前の俺の気持ちが分かって良かったね?」
「………」
「ごめん、って言ってくれればいいのにどうして言えないの?」
「………っ」
「あ」
襖に飛び込み、廊下を走り去って行く龍児の背を見ながら、また逃げたなとため息をつく。
事の発端は3日前、夕方頃の事だった。
須藤の家では夕飯前に度々おやつが出される。その日は沙世が蒸しパンケーキを作ってくれたらしく、それを仕事の終わりに須藤が教えてくれた。
特に好き嫌いが無い(猫汰は例外)豪星が唯一口に出せる好物が蒸しパンケーキだった。
久しぶりに、手作りの蒸しパンが食べられると知ってその日の仕事終わりはとても嬉しくなったものだ。
喜び勇んで家に戻り、手を洗ってさあおやつを。という所で問題が起きた。居間に入って直ぐ、顔をぱんぱんにさせた龍児が居たのだ。どうやら先に帰宅していたらしい。
相変わらずリスのようになってしまった彼の目の前には、明らかに二人分と分かる空の皿が二枚。
どこをどうみても、豪星の分のおやつまで完食されたのが良く分かる図だ。
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