「…あ、龍児くん」

「………」

「お、おはよう、今日雨だね」

「………」

「あの……あ」

三日目の朝、洗面所でばったりと出くわした龍児にたどたどしく挨拶をするも、おはようのおの字も言って貰えなかった。

無視をされていると気付いてからもずっと、彼はこんな調子だった。相変わらず理由が分からないまま、豪星は日々精神のダメージと戦っている。

豪星なりに何とかしよう、何とかしようとは思っているのだが、相手にその気が無いとなると、何ともしようがない。

がっくりと肩を落として洗面所から出てきた豪星の肩を誰かが背後から叩く。

吃驚して振り返ると、須藤が何時の間にか豪星の背後に立っていた。軽く頭を下げると、連動して、よ、と須藤が手を上げてくる。

挨拶をおざなりに済ませた後、須藤が自分のポケットから何かを抜き出し、何故かそれを豪星に差し出してきた。

「今日はガス抜きでもしてこい」

差し出されたのは千円札一枚。

ぽかんと須藤の顔を見上げると「雨が降ってるからな、休みだよ、休み」と、にっと笑って須藤がもう一度豪星の肩を叩いた。

明確な指示を受け取った後、しばし考え込んで、から、ぱ、と顔を綻ばせる。

丁度気分が暗くなっていた所に休みと来た、素直に嬉しい、あと、今日の半日位は顔を合わせないで良いと思うとほっとする。

誰がとは、いわずもがな。

有難く配慮を頂くと、豪星は貰った金をポケットに仕舞い出かける準備を始めた。

次郎にリードを付けた所で粗方支度を終え、玄関でさて、何処へ行こうか、その前に傘を借りねばと思案していると、丁度同じく出かけるらしい須藤がぽんと再び豪星の肩を叩いてきた。

「お前も一緒に乗ってくか？ちょっと車ではしりゃ、この辺もそこそこ面白いぞ？」

面白い、というのはどうやら此処から少し走った先にある商店街の事らしい。

須藤が用事がてら連れて行ってくれるというので、喜び頷き、早速次郎と共に軽トラックの助手席に乗り込んだ。

広い敷地から広い田園地帯へと車が入り、真っ直ぐに走っていく。その最中、ふと、須藤が思い出したように口を開いた。

「そういやお前、龍児とどうだ？」

「………」

アレを傍目から見て分からないのか、それとも分かっている上で詮索されているのか。

「……ガン無視されてますよ」

素直に答えると、「そうだよなぁ」と須藤が膝を叩いて笑った。どうやら後者だったようだ。

「ま、男同士だと融通きかねぇ時もあるよなぁ、龍児は特に慣れにくそうだしな、けど若いんだから何かあったら殴り合ってでも分かりあえば良いんだよ」

「なー？次郎？」と、ギアの丁度真後ろに挟まっていた次郎に須藤が同意求めると、直ぐに「きゃん！」と小気味よい返事が返った。

その隣で、…それだけは嫌だなぁと、一人溜息を吐く。

「それ以前に、俺は息子さんに何か嫌われるような事をしたんでしょうか」

「………」

親ならアドバイスが欲しいなと、期待しないで催促した途端、須藤がびくりと肩を震わせ、車を止めた。

「親父さん？」

「あ、ああ、そうか、そういや結局言って無かったんだったな」

「はい？」

「龍児は俺の息子じゃねぇよ、お前と一緒だ」

「え？」

「アイツも家出小僧だ」

なんと！まさかの！？

ああでも、そういえばひと言も彼が息子だとは言ってなかったな、勝手にこっちが誤解してただけか。

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