説明した後、急に龍児が神妙な顔になった。うんと眉間に皺を寄せて、台をこれでもかといわんばかりに睨み付ける。
何事かと見守る豪星の隣で、急に顔を上げた龍児が「欲しい」と小さく声を上げた。
「俺これ欲しい」
二度押ししてから、自分のポケットを探り始めた。記念コインは600円で出来るので、その分を探しているのだろう。
ポケットから目的の物を掴んだらしい龍児が、ば!とそれを外に出し、てから、ふっと肩を落とす。
どうやら、100円しか見つからなかった様子だ。
「あの、龍児君?」
あからさまにテンションを落とした龍児が、無言で豪星に振り返り、視線を外す。
そんなに欲しかったの?これが?ただ陳腐な絵に名前と日付掘るだけのコインだよ?
…ああ、欲しいんだね、分かったよ、分かったからそんな顔するなよ、らしくないから。
「俺の足してあげるよ」
「は?」
「俺あと500円残ってるから、丁度いいね」
「だ、駄目だ!」
「何で?」
「だって、お前の金だろ」
「欲しいんでしょ?」
「………、ひ、人の物使ってまで欲しくない」
「うーん」
その割には未練がましい顔してるけど、とは言わないでおこう。
怒られるから、…怒らないかな?まぁどっちでも良いか。
「それじゃあこうしよう」
「あ…」
龍児の手に握られた100円を奪い、自分の500円と一緒くたにする。
それを台の硬貨入れに全部押し込むと、背後で茫然としている龍児に振り返って、さっと手招く。
「誕生日おめでとう、貰ってくれる?」
「…………、」
冗談めかした豪星の口ぶりに、龍児がひく、と唇の端を曲げた。視線を忙しなくさまよわせた後、ゆっくりと瞬きをしてから、台に手を伸ばす。
「お前の名前も彫る…」
「え?そんな別に良いのに」
「良いんだ、お前の金も入ってるんだから」
貰うのは龍児だから意味が無いような…とは言わず、好きにさせておく。
やり方を説明して、お望みの文字と数字を全て彫り込むと、確定のボタンを押して、がこんと、受け取り口にソレを落とす。
「ありがとう、豪星」
「いいえ、どういたしまして」
「…………ずっと大事にする」
田舎臭い彫り物が施されたコインを握りしめながら、龍児が噛みしめるように言った。
展望台から降りると、空が入った時とは別の色を滲ませ始めていた。
そろそろ迎えの時間になりそうだから出入口に行こうかと提案すると、こくりと龍児が頷いた。
二人で出入り口に向かう途中、不意に龍児が豪星の目の前を走り、大きな木の下に差し掛かった所で足を屈めた。
何をしているのだと尋ねれば、「みやげを拾う」と訳の分からない返答が帰ってくる。
「売店あっちだよ?」
直ぐ隣にある売店を指差すと、地面を向いたままの龍児に「そんな金無い」と一蹴された。
そうなんだけど、だからと言って拾うとはどういう意味なんだろうか。
答えが見えないまま立ち尽くしていると、その内立ち上がった龍児が「行こう」と言って歩き出した。
よくよく見ると、服のポケットがぱんぱんになっている。…えーと、まさか。
「おっさん、これみやげ」
出入り口で既に待機していた須藤を見つけた途端、龍児がポケットから何かを取り出し須藤に見せた。
両手いっぱいに握られたのは、帰り道に落ちていた木の実や、どんぐりや鳥の羽だった。
それらを差し出す龍児を見た途端、須藤が目を丸くさせ固まった。
「龍児君、流石にこれは…」
「え?うれしくねぇ?」
「…うーん」
もうそろそろ認めようか。…この人、中身が子供なんだ。すましているように見えるから普段はそうと見えないだけで。
「…龍児が俺に初めて物を」
おっと親父さん、吃驚してるんじゃなくて感動してるのか。なんであんた等他人なんだ、いっそ親子にでもなっちまえよ。
何時の間にか取り出した袋に大事そうに龍児の戦利品をしまい込むと、須藤が急に龍児の頭をがしがしと撫でて、「どうだった?」と尋ねた。
仏頂面で「何が」と聞き返す龍児に、とびきりの笑顔で須藤が応える。
「豪星と遊んで楽しかったか?」
「……たのしかった」
「そりゃー良かった!今日の飯も楽しみにしてろよ、俺と沙世ですげーごちそう作っといたからな!」
「………」
「そうだ龍児、何か欲しいものあるか?折角誕生日なんだ、お前たまには大人に甘えろって」
「…今日じゃねぇよ」
「いいじゃねぇか、俺が祝ってやりたいんだって、なぁ?くいもんでもいいぞ?なんかないのか?」
須藤が何度も何度も頭をなでていると、龍児が不意に顔を下げた。
「………」
須藤には見えない、豪星には良く見える角度で俯いたその顔が、何故か悲しそうに見えたのは気のせいだろうか。
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