ボートから降りても龍児の様子は落ちたままだった。
何か気晴らしにはならないかと首を振った所で、丁度不思議な建物が豪星の目に付いた。
そういえばこんな建物が奥にあった事を思い出す。入口から見えてはいたのだが、何時の間にかこんなに近くまで来ていたらしい。
「龍児君、あそこ行ってみない?」
龍児の気晴らしと、自分の好奇心をかねて誘うと、龍児が顔を上げながら声無く頷いた。
早速二人で無人の扉を抜け、中に入る。
中に入った途端、外とは違う異様な雰囲気を目の当たりにし、思わず肩を鳴らした。
何故か真中に小さな池と橋が作られ、寒々しい雰囲気が満ちている。
人気が無い所為か何の音もしない、外観が不思議ならば中も不思議な場所だった。それが行き過ぎて不気味になる程度に。
「なんか、ちょっと怖いね」
「何が?」
「ふ、雰囲気?お化けとか出そうで…」
「そうか?」
「うん」
不安におろおろしていると、唐突に隣で噴き出す音が聞こえた。
振り向くと、やっと感情を戻したらしい龍児が、小さく笑みを浮かべていた。
「気がちいせぇな」
「う、まぁ、否定はしないけど…」
「しろよ、ふはは…っ」
小さく笑い続けた後、龍児は「仕方ねぇな」と呟き、ぎゅ、と豪星の腕を掴んだ。
「俺が居るから大丈夫だ、何が出てもやっつけてやるよ」
「…ありがとう」
善意で言ってくれたのであろうが、逆に恥ずかしくなって顔を伏せてしまう。
それに気づいていないらしい龍児に、そのままの格好でずるずると引っ張られてしまう。
向かった先は橋の向こうにあるエレベーターだった。
「此処上に上がれるのかな?ほんと何なんだろう…」
「さあな、行ってみれば分かるだろ」
「そうだね」
上しか無いスイッチを押してエレベーターの中に入ると、直ぐ、中のスイッチに触れる。
中のスイッチにも数字の類は一つも書かれておらず、唯、上と下を模した絵が書かれているだけだった。
何処にも止まらないエレベーターがひたすら上に進んでいく。
本格的に此処の意図が掴めないでいたが、チン、と最上部に到着し、扉が開いた途端、「あ」と合点がついた。
ガラス張りの部屋に、望遠鏡が何台か置かれている。成程、展望台というわけか。
「何で中間にお店とか作らなかったんだろう、変な場所だな…」
「どうした?」
「あ、ううん、何でもない、それより、絶景だね」
わー、とガラスに張り付いて外を眺める。
身近にある筈の風景を上から見下ろすと、まるで別の世界にでも来てしまったかのような感覚に陥るので不思議だ。
肉眼で外を楽しんでいる豪星の直ぐ傍で、早速望遠鏡に興味を示したらしい龍児が、ソレの周りをうろうろしながら「これどうやって使うんだ?」と忙しげに呟く。
「ああ、此処にお金を入れてね…」
同じくソレに近づいて、硬貨の穴と、用途を説明してやると、脇目も振らぬ勢いで龍児が硬貨を穴に突っ込んだ。
レンズに目をあて、「おお!」と驚愕の声を上げる。
「すげー!下が見える!すげー!」
望遠鏡が壊れそうな勢いで龍児は辺りを眺め始めた。
豪星も同じように望遠鏡を使おうかどうか迷ったが、まぁ肉眼で随分満足したので別に良いかと思い止めておいた。
辺りを何となく歩いていると、片隅に、望遠鏡とはまた別の物を見つけて足を寄せた。錆びた鉄の箱がひっそりと立っている。
「あ、記念コインだ」
と、呟いた瞬間、背後で「うお!?」と悲鳴に似た声が聞こえた。
振り返ると、望遠鏡をぺちぺち叩いている龍児の姿が見えた。多分、時間が過ぎると使えなくなることを知らないのだろう。
「何分かしか見れないんだよ、龍児君」
真相を告げてやると、龍児が物凄く恨めしそうな顔をこちらに向けた。そんな顔しても延長できないからね。
しぶしぶ望遠鏡から離れた龍児が、足早にこちらに向かってくる。
肩が並ぶくらい近づいた時、豪星が見ていた箱の存在に龍児も気づいたらしく、目を丸くさせて「これなんだ?」と豪星に尋ねてきた。
「これね、記念コインを作る台だよ」
「記念?」
「うん、今日ここに来ましたよ、っていうのを名前と日付を掘って作るコインだよ」
「…今日、此処に?」
31>>
<<
top