粗方の乗り物を乗り終えた後、次はどうするかという所で龍児がぴ!と何処ぞを差した。
つられて目を向けると、もう少し先に大きな池が見えた。水面には白い、大きな物が浮かんでいる。
せっつかれるまま池に近づくと、白い物体の正体が目前に迫る。
お腹をぽっかりと開けた、愛らしい、つぶらな瞳で佇むアヒルボートだった。
その周りをそわそわと、どうやって遊ぶんだろうというのを隠さず動き回る龍児に何度目かの苦笑をしながら「これは池の上で動くんだよ」と説明してやる。
「生きてるのか!?」
「……素で言ってるのが凄いよね」
「あ?」
「何でもないよ、とりあえず生きてないから、乗り物だよ、これ」
論より証拠だろうと、近くに居たスタッフの人に一回分の金額を払ってボートに乗り込んだ。
どうしたらいいのか分からず立ち尽くしている龍児に「おいでよ」と声をかけ、中に誘う。
ハンドルを掴み、足場に組まれたペダルを漕ぐと、すー、と、割りに上手くボートが池の真中へと進んでいった。
結構力がいるなぁと汗をかく豪星の隣で、「すげぇ!」と大げさに龍児が驚く。
嬉しいのは構わないが、ちょっと動きすぎなので、ボートが傾く前にその身体を諌めた。
初めは豪星が適当にそのあたりを周回していたが、暫くしてから龍児に「やってみる?」と尋ねてみた。
すると、ぶんぶんと頭を上下に振るので、早速場所を移し替えた。
ハンドルや、ペダルの具合に四苦八苦していたが、その内要領を掴んだのか、豪星よりも随分器用な運転で、すいすい水面を走って行った。
上手い上手い、と褒めていたのは、10分くらいまでだ。
「待って」
「待たない」
「待てって」
「待たない」
「待て!」
「またない!!」
「待てってば!早すぎ龍児君ストップ!!」
「おもしれーなこれ!!」
「うわデジャブ!!やめちょこれ以上やると…っ」
「気持ち悪い…」
「だから言ったのに…」
本日二度目の吐き気に、おえ、となりながら、二人ボートの上で佇む。池の中で船酔いとか笑えない。
本当は地面に降りたい所だが、随分遠い所まで来てしまったので直ぐに戻る事が難しかった。
とりあえずこの場で少し酔いを醒ますのが得策だろう。
「だから言ったのに」と、もう一度悪態をつくと、流石に反省したのか、隣から凄く小さな声で「すまん」と謝罪が聞こえてきた。
らしくの無いその小ささに、追い打ちをかけすぎたかなと、こちらが反省してしまう。
「…いやうん、はしゃぐ気持ちは分かるよ、俺だってやったもん、懐かしいな、子供の時に乗って同じような事をやらかしたよ」
当時の事を思い出して笑っていると、不意に龍児がこちらを振り向いた。同じく振り向くと、もの言いたげな顔が、じっとこちらを見つめていた。
何度か口を開いて、閉じた後、龍児がゆっくりと、瞼を半分に落とす。
「両親と来たのか?」
「ううん、父親とだね、俺母親が小さい時に死んじゃったから」
「そ、…うなのか?」
「そうそう、しかも今その父親が絶賛蒸発中でさ、まぁ、その内帰ってくるだろうけど」
何となく乗りで言ってしまったが、傍目から聞くと結構とんでも吃驚な状況だなと、自分事を他人事のように考える。
その隣で、ひっくと息を呑む音が聞こえた。
「帰ってくるのか?」
「うん、多分」
しっかりと、しかし曖昧に答えると、龍児がもう一度息を呑んだ。
目を開いて、再び何か言いたげな、加えて泣きそうな顔を浮かべて、何度も何度も口を開け閉めする。
「…豪星、俺も」
「うん?」
「おれも」
口が動くたび、「俺も」を繰り返す、…このあたりで随分雰囲気を察し、豪星は龍児が言い終えるのを唯只管待ち続けた。
短いような、そうでもないような、不思議な間をあけた後、龍児が漸く、細い声で言った。
「俺も、母親が居ないんだ、死んだんだ」
「………そっか」
「父親は……」
続きそうだった言葉が、火を吹き消すようにすっと消えた。
顔を伏せて沈黙した龍児をもうしばらく待っていると、漸く顔を上げた龍児が、泣きそうでもなく、仏頂面でもなく、唯々無表情で言った。
なんでもない、と。
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