カップに残っていたコーヒーもすべて飲み干した後、須藤が机の横を忙しなく探った。

しかし、何かの目的が果たせなかったらしく、あれ?と訝しげに眉を顰め、再び厨房に「おーい!」と声をかけた。

「まきちゃん、オーダー表忘れてるぞ!」

須藤が叫んでから直ぐ、恐らくまきちゃんに掛かるであろう人物がこちらに近づいてきた。

まきちゃんこと白髪交じりのおばあさんが、須藤の隣にまで来ると「いいのよ」と言って笑った。

「今日はサービスよ」

「へぇ?何でだ?」

「マスターが今日誕生日でね、プレゼントなんだって」

そういうものは祝われる側がする事だろうか、という疑問を須藤も抱いたらしく「プレゼントされる側があげてるんじゃわけないな」と苦笑した。

まきちゃんも「良いのよ、こういうのが好きな人なんだから」と言って苦笑する。雰囲気的に、多分店主の奥さんなのだろう。

まきちゃんはついでにお茶を三つ持ってきていたらしく、それらを机の上に置くと「ゆっくりしていってね」と言って去って行った。

お茶を出されては席を立つわけにもいかず、三人でもう少しゆっくりするかと、声無く同意する。

小さ目の湯呑に入れられたほうじ茶は熱いが美味しかった。隣で龍児も、目を細めて美味しそうに飲んでいる。

二人でもくもくと茶を飲んでいると、同じく茶を飲んでいた須藤が、目の前で唐突に口の端を曲げた。

「誕生日ってのはいくつになっても良いもんだな」

「そうですね」

「お前は何時なんだ?ちなみに俺はもう少し後だ」

「俺はもっと先ですね」

歳が上の人間と誕生日の話をするのが不思議で面白かった。

話の流れで「龍児君は?」と、隣に声をかけると、少し間を取ったあと、おもむろに返事が返った。

「昨日」

「…え?」

「あ?」

呆気にとられた声が二つ重なる、それを向けられた本人はといえば、まるで何事もなかったかのように、温くなってきた茶を飲み干していた。

先に我に返ったらしい須藤が、一度大きなため息をついてから、米神を抑えて「お前な」と低く呟く。

「そういう事は先に言え」

「関係ねぇだろ」

ばっさりと、当たり前の事のように言った龍児の言葉に、す、と須藤の目が細くなった。

怒っているような、寂しそうな、そんな顔だった。しかし直ぐ、がっと眉間に皺を寄せ、ばん!と手を机に叩きつけた。

「龍児」

目が座っているのに口はとても不適な笑みを浮かべている、何とも形容し難い顔だ。

「丁度今日がご馳走日で良かったな、ついでにもっと豪勢にして今日の夕飯は一日遅れのお前のお誕生会にしてやるよ」

「いら」

「ないか?しこたま食えるぞ?」

「……………」

「よしよし、それと特別今日も仕事は休みにしてやるから、ほれ、豪星」

「はい?」

急に呼ばれ、先ほど叩きつけた手を差し出される。良く見ると何枚かの札が握られていた。

「親父さん、何でしょうかこれ…?」

「何って、決まってんだろ?色々準備しておくから、その間龍児連れて遊びに行って来い」

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