須藤の指示を受け、男がケースから何かを取り出した。手のひら大位ある、煎餅のようなものだった。
須藤は片手でソレを受け取ると、一枚だけをもう片方の手に乗せ、次の瞬間、何の宣告もなく、残りの全てを龍児の口に突っ込んだ。
流石の龍児も驚いている様子だったが、もぐもぐと口を動かした途端、驚愕も、それまで刻まれていた眉間の皺も取れた。
無表情っぽいのに、何処と無くご満悦そうに見えるのは気のせいだろうか。
「ほれ、お前も食え」
「え?もごっ!」
豪星のほうは合図があったが、反応しきる前に放りこまれてしまったので結局不意打ちになってしまった。
慌てて落とさないように、豪星ももごもごと口を動かす。
煎餅らしきものは柔らかく、穀物でも、肉でも野菜でもない味だった。…練り物かこれ。
何だかんだ豪星も腹が減ってきていたので、有難くもぐもぐとソレを咀嚼した。
中でソレを見ていた男が「ウチの美味いでしょ?」と訪ねてくる。
口がふさがっていて声が出せなかったので、代わりにこくりと縦に頷くと男がまた嬉しそうに笑った。
ちなみに龍児は無反応だったが、まぁ顔を見れば答えが分かる状態だ。
「で?例の奴は?」
「これこれ!大体は競りにまわっちゃったんだけど、須藤さんの分は確保しといたからさ」
「お!本当いい魚じゃねぇか、幾らだ?」
「そうだな…」
大人たちが自分達の会話を始めてしまったのでちょっと暇になってしまった。
この隙に何か見てこようかときょろりと辺りを見渡そうとした時、もう少し向こうから「豪星!」と弾んだ声に呼びかけられた。
何事だと声のするほうを向くと、何時の間にか3軒先にまで移動していた龍児にぶんぶんと手招きされていた。
「どうしたの龍児く」
「亀!!」
近づくと、龍児に腕を掴まれ、ぐい、と屈まされた。それから、目の前のバケツを指差す。
そこには、確かに亀―――というか、すっぽん(と書いてある)が、かなりイキの良い状態で入っていた。
しかも、隣には「3000円」という値札が貼られている。
「こ、こんなのも売ってるんだ…」
しかも3000円って、結構良い値段だな。もし調理した物を食べに行ったらどれくらい掛かってしまうんだろう。
値段を想像して青ざめている豪星の隣で、龍児がきらきらした目でソレを見つめていた。
さながら、堤防で甲羅を乾かしている亀を見つけた小学生男子のような目だった。
…何か、龍児君って落ち着いてるんだか子供っぽいんだか、偶に良く分からなくなるな。
「何してんだお前ら」
暫く二人で鼈を眺めていると、話終えたらしい須藤が背後まで近づいてきた。手には幾つかビニール袋を下げられている。
「おっさん、すっぽんが居る」
龍児のきらきらした目に須藤も気付いたらしく、苦笑しながら「ああ」と豪星の隣に屈んだ。
「偶に網に引っかかったのがこうして売られるんだよ、俺も初めて見たとき驚いたわ」
「売れるんですかね…」
「さぁなぁ」
曖昧な返事を返してから、先に立ち上がった須藤が亀の入ったバケツに張り付いて動かない龍児の首根っこを掴んだ。
そのままずるずると引き摺りながら、豪星に「行くぞー」と告げる。龍児はといえば、腹がこなれているおかげか大人しく引き摺られている。
出入り口付近で龍児の首を離し、自分の車に近づいた須藤が荷台に置きっぱなしにしてあった発泡スチロールの蓋を開けた。
そこに買ってきたものを全部入れて、最後に何処からか取り出した氷を入れて再び蓋を閉める。…なるほど、断熱材の用途が必要だったわけだ。
ソレをもう一度荷台に詰め込むと、鍵を閉めてからタバコを取り出した。
軽く一服してから出発するのかと思いきや、再び背後の建物に近づいていく。
帰らないのかと尋ねれば、あれだけじゃ足らないだろと不思議な返しをされた。
「朝飯だよ、建物の裏にある店でなんか食わせてやるから付いて来い」
途端、あさっての方向を向いていた龍児がぐるりと回れ右をして須藤の背後にくっついた。それはもう、目にも留まらぬ速さで。
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