「市場、ですか?」

「おう」

須藤が煙草をふかしながら頷く、零れた灰が外に舞って、瞬きよりも早く消えていった。

「知り合いがな、旬の良いのが入った時一番に連絡くれるんだよ、で、その都度買いに行くわけだ」

「へぇ、そうなんですね」

「今日は馳走だぞ、楽しみにしてろよー」

豪華な魚料理か、どんなのだろう、言われずとも楽しみだ。

豪星が豪華、に掛る魚料理を食べたのは多分、父親と中学卒業の祝いで食べに行った料亭の、刺身の盛り合わせと鯛の塩釜焼きが最後だろう。

見た事も無い料理を目の前にして柄にも無くはしゃいだ自分の姿が懐かしい。

無言で期待に胸を躍らせていると、有る程度走った所で車が減速した。

左折して何処ぞへと入りこむと、白線で作られた広い駐車場の一部に車を停める。

エンジンを切ってから、須藤が後部座席に乗っていた龍児に「着いたぞ」と声を掛けた。

龍児は地面に足をつけると、きょろきょろと周りを見渡し始めた。釣られて豪星も周りを見渡す。

右には大きな口の開いた建物が、左には長四角のコンテナのような建物が設置されている、豪星のどの記憶にも当てはまらない場所だった。

何処もかしこも、早朝に関わらず人の行き来が多い。

須藤が真っ先に右の建物に向かったのでその背に付いて歩いた。龍児も、豪星の直ぐ斜め後ろを歩いている。

大きな入り口に入ると、踏んだ床がべしゃりと音を立てた。

唐突な感触に吃驚して思わず立ち止まってしまったが、先を行く須藤が何事も無く歩いていくので、多分これは普通の状態なのだろう。

その内慣れるだろうと、ぬかるむ床を再び歩き出す。

大きな穴の中では簡素な壁がいくつか存在していて、それらと、後は箱などで店の間が仕切られていた。

その箱の中には、大抵魚が、偶に貝や海老などが入れられている。なるほど、市場らしい風景だ。

意図的に空けられているのだろう、店と店の間に出来た道を通って進んでいくと、何度も左右から声をかけられた。

その都度須藤が「ご苦労さん」とか「またな」とか愛想良く返事を返す。

時折立ち止まっては買い物をし、それをたびたび豪星、および龍児に寄越してくる。

両手に何袋も持たされ完全に荷物もちとなった龍児は「なんで俺がこんなことを」という不機嫌を顔に浮かべたが、

須藤に「美味い飯のためだふんばれ」と言われれば荷物を落とすことも、ましてや投げつける事もしなかった。

しかし、途中でまた不機嫌を取り戻し、腕に袋をかけたままぐいぐいと須藤のシャツを引っ張った。

「なんだ?」と振り返った須藤に、龍児は眉間に皺を寄せたまま一言「はらがへった」と訴える。

途端、須藤が大げさに溜息を吐いた。

「お前食えるようになった途端とんだ腹ペコになったよな」

「朝飯食ってない、はらへ」

「分かった、分かったからちょっと待ってろたくっ、もう少し歩け」

眉間に皺を作り、しきりに腹が減ったと訴える龍児の頭をがしがしとかき回してから、暫く歩いたところで須藤が足を止めた。

他の店よりももう少し店先らしいケースを構えたそこで、須藤がおもむろに手を上げる。

「よ、電話ありがとな」

すると、さっと誰かが中から飛び出てきた。須藤よりももう少し若そうな、爽やかな顔立ちの男だった。

嬉しそうに「須藤さーん!」と名前を呼んで、ぱんと自分の手を叩く。

「待ってたんだよ!いやもう直ぐに教えたくてそわそわしっぱなしでさぁ」

「持つべき物は友だねぇ」

嬉しそうに須藤が笑うと、相手も嬉しそうに笑った。年上のやりとりだというのにちょっとほっこりする光景だ。

「おっとそうだった、すまん揚半ふた…いや6つくれねぇか?」

「6つ?いいよ、ちょっと待ってね」

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