しかし、気配は何時まで経っても消えなかった、それどころか、相手の存在感が段々と強くなっていく。

そろりと、もう一度顔を上げると、男がこちらをガン見していることに気づいた。しかも、何時の間にか直ぐ隣に座っている。

「あ、あ、あの…?」

流石に口を開いて何事かと尋ねれば、男が、咥えていたタバコをふー、と斜め下に吐いて、「おい」と反応した。

「お前、こんなところで何してる」

「へ!?え、えっと」

「帰らないのか」

「い、いやあの、…家を出てきたので」

「…やっぱ家出か」

非行の定番を宛てられた時、豪星は内心で首を傾げた。果たしてこれは家出というのだろうか?

意味合いは間違ってないんだけど、でもやっぱり何か違うような…。まぁ、高校生で一人暮らしをしている方が珍しいので、間違われても仕方が無いんだけど。

「親は?」

「出かけたまま帰ってきてません」

率直な事実を述べると、男がすっと眉を潜めた。とんとんと、煙草の灰を落として小さく唸る。

「…そりゃあな」

「は、はい」

「親が帰ってこなくてさびしいのは分かる、だがよぉ、家はいいもんだぞ、何も離れるこたぁねえよ、まぁ、まだ若いからな、色々反抗したいってのは分かるけどよ」

「……えーと」

何か、会話をしている間に段々と相手の認識が飛躍してきたぞ。どうしよう、訂正した方がいいのかな?

「親は何時でも心配してるんだ、どんなクソ餓鬼でもな、そこを間違えてんじゃねぇぞ」

言いあぐねている内にも、男の話は豪星を差し置き、どんどんと重さを増していった。

うわぁ、言いにくくなってきた。と豪星が目線を泳がせていると、話を一頻り終えたらしい男がこちらに向き合ってきた。

「だからよ、お前、もう帰っとけよ、悪いことはいわねぇから」

「い、いや、…無理です」

帰っとけと言われても、今日直ぐはちょっと無理だ。と、深く考えず答えた内容がいけなかったのか、男が不満そうに舌打ちを打ってくる。

その音がとても物騒に聞こえたものだから、豪星は心臓が飛び跳ねる思いだった。

一昔前の親父、みたいなイメージがぴったりの男だ。空想の形としては豪星の中にもあったが、如何せん対面したのはこれが初めてだ。

正直免疫の無い人種とやりとりをするのは些か恐ろしい物があった、豪星の父親はもっとひょうひょうとした人だったので、尚更に。

黙って俯いていると、その内男が立ち上がって煙草を踏み潰した。

要領を得ない豪星に呆れたのかもしれない、じゃあもう帰ってくれるかな、と、一抹の期待を抱いて、立ち上がった男の足元を見つめていると、次の瞬間、予期せぬ事態に襲われた。

「最近の餓鬼はどいつもこいつも強情だな」

「え、ちょ、ちょ!」

「仕方ねぇ、おら、ついてこい」

「へ?」

「頭冷やす時間がお前には必要だ、その場所貸してやっからありがたく思えよ」

「え、ええ!?」

「…なにもなぁ、餓鬼がこんな暗い場所で、思い詰めなくったっていいんだよ」

男は何事かを呟いた後、襟首を離して去っていった。

なんだったんだろう、そう思ったのも束の間、近くでけたたましいクラクションの音が鳴り響く。

びくりと肩を震わせながら振り返ると、ライトを点けた白い軽トラックが公園の入り口付近に停まっていた。

運転席の窓は開いていて、そこから先ほどの男が覗き見えた。



  「乗れ」



男は親指を内側に立て、至極簡潔に言った。

訳が分からず立ちつくしていると、その内、痺れを切らした男に無理矢理車内に押し込まれた。

手際良くシートベルトをつけられ、車が発進する。その間、豪星はずっと何処でもない場所を茫然と見ていた。

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