促され、じゃあ折角だし頂こうと思った矢先、ふと横を見て、ぴたりと手が止まった。

目は丁度レジのもう少し隣、品目と値段の表に向かっている。

「…すみませんお金が足りないかもしれないんですけど」

手に汗を握りながら告げると、途端、女性が多柄に笑い出した。次いで、隣から龍児に頭を叩かれる。痛い。

女性と龍児は、同時に「お金なんていいわよー」「金が居る訳ないだろ」と言った。

「こっちが勝手に出したんだから気にする事無いのに、律義な子ねぇ」

「良いから食えよ、ほら」

店の人では無い龍児が自信満々に断言するのはどうかと思ったが、まぁ、食べても良いのならば食べてしまおうかと、先に出されていたお絞りで手を拭いてから、丁度龍児に差しだされた団子を受け取り齧りついた。

昼時だったので、食道から胃に美味い物が通る感覚が心地よかった。折角なので次郎を膝に乗せ、食べられそうな物を与え過ぎない程度に食べさせた。

物珍しいのか、膝の上で次郎が興奮気味に鳴いている。

ひたすら食べ続けていたが、その内腹が良くなってくると会話をしようかなという余裕が生まれてきた。

次郎に食べさせ続けながら、首だけで龍児に振りかえる、相手は未だ、むしゃむしゃと物を食べ続けていた。

「此処に来てたんだね」

「知らなかった」と言えば、龍児は物を食べながら「おっさんに連れてこられたんだよ」と返した。

「何度か、外の飯なら食えるかって言って無理矢理に」

「…そういえばさ、龍児君って今まで御飯が食べられなかったの?」

聞く機会の無かった疑問を漸く尋ねると、龍児が不意に手を止め、ちらりと豪星の方を見た。

「……ああ」

軽く頷いてから、再び大口で物を食べ始める。食欲が無かったなどとは思えない食べっぷりだ。

「拒食症とか?って、俺あんまり詳しく無いんだけどさ」

「どうだかな、俺にもわかんねぇ」

「そうなの?病気じゃ無いの?今はそんなに食べて大丈夫?」

「大丈夫だ、なんか治ったから」

ら、と言った所で、ごくんと大きくひと呑みし、ごちそーさんと手を合わせた。

ふと隣を見れば、あれだけ山もりになっていた盆の中身が綺麗に無くなっていた。

龍児は軽く伸びをしてから立ち上がると、女性にひと言も別れを告げずに歩きだした。

女性は女性で、気にした風も無く、唯去っていく龍児の背に手を振っていた。

代わりに豪星が「ごちそうさまでした」と頭を下げ、直ぐにその背を追いかける。後ろで、くすくすと忍び笑う声が聞こえた。

「ま、待って龍児君」

「おせーな、きびきび歩け」

「フットワークが軽すぎるよ、あんなに食べたのに…ていうか、俺あんまり食べれなかったなぁ」

龍児君だけずるいや、と、半ば冗談で言うと、すっと豪星に振りむいた龍児が「そりゃ悪かった」といやに真面目な顔で言った。

「…なんとかしてやっからちょっと待ってろ」

「え?」

意味深な事を呟いた後、何時の間にか片手に掴んでいた棒を再び倒した。今度は右に倒れた棒の先を、龍児が人波を避けながら歩いて行く。

置いて行かれないように気をつけながらまた暫く歩くと、人波外れた場所で唐突に龍児が動きを止めた。

どうしたのだろうかと、肩の後ろから龍児を覗きこむ。見えたのは、龍児が何かを手に押し黙っている姿だった。何時の間にか拾ったようだ。

随分と泥に塗れているようだが、よくよく眼を凝らして見ると、ソレは黒く横に長い、…財布のようだった。

「ソレ…」

なに?どうしたの?と尋ねる前に、龍児がば!と勢い良くそれの口を開いた。すると、中から驚く程、ぎっしり詰まった札の束が現れた。

ひぃ!と驚く豪星の隣で、財布の口を閉じた龍児が、またもや棒を倒し始めた。

今度は左に倒れた棒の先を歩くと、程なくして小さな交番が現れた。まるで現状を見越したかのようだ。

相変わらず何も告げずに入りこむと、入って直ぐ、龍児が近くの机に財布を放り投げた。

駐在がとても驚いていたが、代わりに豪星が丁寧に説明をすると、直ぐに納得して、とりあえず書類を書いて貰えないかと椅子を勧めてきた。

龍児はというと、駐在の方など見向きもせずに、壁に貼られた手配書をじぃっと見つめていた。

仕方なく豪星が座り、その際頂いた茶を口に含みながら、さて、住所欄は須藤の家で大丈夫だろうかと…悩んで居た時

「すみません!!」

背後から血相を変えた背広の男が入って来た。相当焦っているのか、頭から肩にかけてぐっしょりと雨に塗れていた。

一旦机を離れた駐在が、男を奥に招き―――暫くして「グッドタイミング」と、親指を立てて戻って来た。背後では、先程の男が満面の笑みを浮かべている。

どうやら財布の持ち主だったらしく、落し物を受け取った瞬間涙を浮かべる勢いで感謝された。

それから、おもむろに札を取り出し何枚かを手渡される。

遠慮しようとしたが、しきりに貰ってくれと言うので、とりあえず拾った張本人に渡す、という形で収まった。

さして驚いた様子も、嬉しそうな様子も無く、何時もの仏頂面で受け取ると、龍児は無言で交番を出て行った。

会釈しながら続いて入り口を出た豪星だったが、数歩歩いた所でぴたりと足を止めた。

何時の間にか振り返っていた龍児が、何故かこちらに札を突きつけていたからだ。

そのままの状態で、龍児が抑揚の無い声で言った。「好きな物を食え」と。

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