夏の湿気が押し寄せてきたような、蒸し暑い夜だった。
布団の中で寝返りを打つと、暑さから意識がふわっと浮上する。浅く目を開けたまま、何となく隣の布団に目を向けた。
そこには、盛り上がった布団が…無かった。布団は何故か端が捲れ、ぺしゃんこに潰れている。
あれ？と思いながら、視線を彷徨わせると、丁度窓の部分でぴたりと目が止まった。
寝る前には閉めてあった筈の網戸が半分程開いている。
不思議に思いながら、一度起きあがって網戸を閉めた。ぬるい風が吹いていたから、ソレが入った勢いで開いてしまったのかもしれない。
自分の布団に戻って掛け布団をかぶり直し、目を閉じる。しかしふと目を開いて、龍児の布団を見た。
何処に行ったのだろう。
疑問に思ったが、その内疑問が眠気に負けてしまった。
屹度トイレにでも行っているのだろうと決めつけ、すぅ、と再び目を閉じる。
二度目に見た夢は、現実と同じ、蒸し暑い夜の夢だった。
朝食を食べる為に下に降りて居間の扉を開けた時、ふわりと湿った空気が入り込んできた。
これはひと雨くるかもしれないなと思っていると、案の定、ニュースの天気予報が今日の天候の崩れを発表した。
須藤は一瞬渋い顔をしてから、やがて仕方無いなと呟いた。多分仕事の事を言っているのだろう。
朝食を食べ終えると、須藤は自分の財布から二枚札を抜き取り、豪星に一枚、もう一枚を龍児に渡してきた。
「おら、今日も休みだ良かったな」
「よかったわねー」
「は、はい、有難う御座います」
きちっと礼をしたのは豪星だけで、龍児は特に何も告げずさっさと部屋に向かってしまった。
その背を見詰めながら「かわいくねーな」と愚痴る須藤の目は、まるで反抗期の息子でも見ているかのようだ。
受け取った札を暫く眺めていたが、その内思い立って豪星も部屋に戻った。
階段を上ると早速空が崩れた音がした。雨がざぁざぁと箍を切ったように振りだす。それを少しだけ立ち止まって眺めた後、すっと先の襖を開けた。
部屋の中では一足先に戻っていた龍児がごろんと寝そべり、何度読みかえしたか分からない漫画を読んでいた。その横に、立ったまま近づく。
「ねぇ龍児君」
「あー？」
「雨だけど、折角休みだし一緒に遊びに行かない？」
次郎とまた遠出でもしようかと思った時、折角なら龍児を誘ってみようと思ったのだ。
随分打ち解けてきたから屹度頷いてくれるだろうと、軽い気持ちでの行動だったのだが…誘った直後、何故か龍児が身体を大きく震わせ、勢い良く半身を起こしてきたので吃驚した。
「………遊びに？」
「い、いやだった、かな？」
「嫌じゃねぇけど、けどそんな、お前、遊びに行くとかまるで…………………ダチみたいじゃねぇか」
「え？俺達友達じゃないの？」
何時の間にか詰め寄られるような格好で、まるで絞り出すように言われた言葉に、あっけらかんと答えた。
途端、くわっと目を見開いた龍児が豪星の目の前で震え始めた。額には大量の汗が浮かんでいる。
「そうなのか！？」
「え？」
「俺達、ダチだったのか！？」
「いや少なくとも俺はそう思ってたんだけど…」
「お前はそれで良いのか！？」
「…龍児君は嫌なの？」
「嫌な訳あるか馬鹿野郎！！」
あまりに「友達だとは思って無かった」アピールをされるので、ちょっとむっとして意地悪に問えば、全力で否定された。なんなのこの人。
その内、龍児は震わせていた身体をぴたりと止めると、珍しく満面の笑みを浮かべた。
龍児は普段仏頂面が多い所為か、それ以外の顔を見せると歳相応というか…幼く見える。
「…そうだったのか」
「…というか、何だと思ってたの？」
「同居人」
それは立場の話だ。
「豪星、俺達友達なんだな…？」
「だと思うんだけど」
「すげぇ、初めてダチが出来た！」
「…ちょっと待て待て龍児君、どういう意味？」
「あ？まんまだよ」
「いやいやいや、初めてって…」
狼狽えながら問い正すと、笑みを引っ込めた龍児が、ぶすっとした顔を取り戻して言った。
「俺、こんな性格だし、人に媚びもうれねぇし、手ぇ早いし、それに…」
「それに？」
「…家の事情で誰も俺に近寄らないんだ」
「あー、それ何か分かるかも」
今でこそ度重なる引っ越しに慣れた物だが、初めの方は代わる代わる環境に四苦八苦したものだ。
一番大変だったのはコミュニティだ。引っ越し族というだけで近寄りがたい、という雰囲気になった事もざらにある。
「…お前もそういう事あったのか？」
「うん、同じか分らないけど、人に避けられる気持ちはちょっと分かるかなぁ…うわっと！」
うんうんと頷いていると、急にがしりと両手を掴まれた。驚きに目をかっぴらくと、同じく見開いた龍児の目と目が合う。
「共感とかすげぇ、これが、友達！」
「…あーははは」
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