連れない龍児が愛犬を褒めてくれた事に物凄く感激してしまった。
ぱっと顔を明るくさせ、だっこしていた次郎を龍児の目の前迄持っていく。
相手は突然の事に大きく肩を鳴らしたが、構わず「ほら」と次郎をより近づける。
「可愛いよね!この小さい手足とか、おっきい目とかさ、鳴き声も可愛いんだよ?ほら次郎、鳴いてごらん」
「きゅぅううん」
「ね?ね?それに毛並みも良いでしょう?地毛が良いからさ、あんまり構わなくてもこの毛並みなんだよ、ふさふさしてるんだよ、触ってみる?」
「………」
「ほら、この辺お肉がちょっと乗って気持ちいいんだけど…って、あ、なんかごめん」
気付いたら散々犬の自慢をしていた事に気付き、慌てて次郎を引っ込めたが、龍児の何時の間にか丸くなった目は変わらなかった。
押し黙った龍児を見て、内心がはらはらとぶれていく。不味い、引かれたかな?また話せなくなってしまったらどうしよう。
しかし沈黙はそう長く続かなかった。龍児が引き結んでいた口を唐突に曲げ、「ぶは」と、息を盛大に吐きながら笑いだしたのだ。
「何語ってんだよ、そこまでペット好きな奴ってほんとに居るんだな」
「あ、いえ、そのはいごめんなさい」
「…ぶっ、はははは!!何謝ってんだ!」
ついには畳みの上に倒れて笑い転げ始めた。ひぃひぃと腹を抱える龍児に唖然としたが、暫くすると…笑われ過ぎて恥ずかしくなってくる。
そんなに笑う事でも無いだろう、とそっぽを向いた豪星を余所に、ひたすら笑って満足したのか、龍児は目尻の涙を指で拭いながら再び立ち上がった。
「そんなにかわいがってんならさぞかし高かったんだろ?親にでも強請ったか?」
「…あ、いや、次郎は拾ったんだ」
「は?」
何故か嘲り混じりに言われた言葉を否定すると、龍児が虚を突かれたような声を上げた。
しかも「嘘つくなよ」としきりに言って、中々信じてくれないので、豪星は経緯もきちんと話す事にした。
「この子、捨てられてたんだけどさ…」
高校に入ってまだ間もない頃、帰り路に聳え立つ電柱の端に、段ボールに入れられ捨てられていたのを見つけたのが次郎との出会いだ。
その日は雨が降っていて、次郎も段ボールも、一緒に入れられていた毛布も餌もぐしゃぐしゃに濡れていた。
立ち止まった豪星を見上げながら、ずぶ濡れた可愛い犬がきゅんとひと声鳴いた。その瞬間、豪星は後先も考えずに次郎を連れ帰っていた。
あの時は胸が締め付けられるような衝動に駆られたものだが、振り返ってみると、何だか一昔前の漫画のような展開だなと不意に思った。
「なんかありきたりだね…って、ぇええ何々!?」
苦笑しながら、俯いていた顔を上げた途端、龍児が号泣している事に気付いて悲鳴が出た。
どうした何があったと散々慌てふためいた後、とりあえずティッシュ箱を掴んで彼の前に差し出した。
服の裾で目を擦っていた龍児は、差し出されたティッシュを箱ごと受け取ると同時に、「お前ぇ…」と嗚咽混じった声を絞り出した。
「い、良い奴じゃねぇか…っ!」
「ど、どうも」
「ぼんやりヅラが家出なんて大層な事しやがってって、むかついてたんだけど、見直したぞ!」
そりゃどうもな!!
つうかお前人の事言えるのかこの野郎!!
声無く文句を飛ばす豪星の目の前で、粗方泣き終えたらしい龍児が、すんと鼻を鳴らしてから、おもむろに片手を上げた。
そして、その手で何故か豪星の肩をばしんと叩いてくる。悪意は感じられなかったが、凄く痛かった。
「家出したのも何か理由があるのか」
「…うん、まぁ」
「そっか、……………悪かったな」
「え?」
「お前の事良く知らずに悪い事した、わるかった」
それは今まで無視していてごめん、と言っているのだろうか、殴った事も込みなのだろうか。聞き返そうとして…止めた。
「…じゃあ、今更だけど」
「ん?」
「よろしくね」
手を差し出すと、少し目を開いた龍児が、―――おずおずと豪星の手を取った。
ぎゅうと、今度は痛まない程度の力で豪星の手を握り返す。…ああ、良かった、漸く彼とまともな関係になれたらしい。
「…よろしく」
小さく呟いた彼の少し照れくさそうな顔は、目つきの悪い彼を幼く見せた。
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