裏口から次に連れて行かれたのは何時もの共同部屋だった。龍児は豪星を畳の上に座らせると一度退室し、何かの袋を手に戻って来た。
袋の口を開けると、龍児は中身を取り出し、べたりと豪星の腫れた腕にソレを張りつけてきた。
いで!と呻くが、龍児は気にした風も無く、さっさと袋を近くのゴミ箱へと放り投げた。
暫くすると、腫れた腕からつんと、独特の臭気が漂ってくる。鼻が痺れるこの匂いは…湿布か?もしかして手当してくれた?のかな?多分。
答えを求めて龍児を見たが、相手は既に豪星から顔を逸らし、何時の間にか持ち込んでいた煎餅の口を開けていた。
中身を取り出すと、自分の口に何枚も放り込んで唇を閉じる、相変わらずの頬袋だ。
…って、いやいや、煎餅じゃない、頬袋もどうでもいい、そうじゃなくて。
「…あの、龍児君」
せめてこの意味不明な流れの訳が欲しいと、名前を呼んだ途端、「あんだよ」と直ぐに反応が返ってきた。
想定していなかった初めてのスムーズな意思疎通に、感動と疑問と混乱が混ぜこぜになる。
何が起こったと、どうしたが豪星の中を飛び回る。しかし、どの答えも豪星の中で見つかる事は無かった。
とりあえず深呼吸をしてから、状況に探りを入れる方向に意思を転換する。
「あ、あの、龍児君」
「………」
「…えーと、それ美味しい?」
「…ん」
とりあえず無難な問いかけをすると、返事と共に首だけで振り返った龍児が、有ろうことかソレを一枚豪星に分けてくれた。
戦慄しながら受け取り、口に放り込む。
「…あ、美味しい」
…じゃなくて!!だから何来れどうなってんの!?
二日前須藤からおやつに貰った時の煎餅は一人で全部食べてたのに、しかもこっちに何の詫びも無く、なにこれどうなってんの。
冷や汗をかきながらぼりぼりと煎餅を咀嚼する豪星の隣で、早速一袋食べ終わったらしい龍児が、袋をゴミ箱に放って直ぐ、漫画を読み始めた。
「…龍児君、それ、面白い?」
不意に、今なら答えてくれるかなと、数日前と同じ台詞を何となしに言ってみた。
すると「わりと」と、簡素だが確りとした返事が返ってきて、今度は混乱よりも先に嬉しくなった。
テンパる程驚く状況ではあったが、とりあえず悪い状況では無いんだよなと、解釈した途端気が楽になってくる。
折角だからもう少し話をしようと話題を探していると、襖の向こうが急に騒がしくなった。キャンキャンと聞きなれたあの音は。
「次郎!」
「きゃーん!」
襖を開けて入って来た次郎を抱える、直ぐ後ろでは次郎を連れてきたらしい須藤が目を細めて笑っていた。
「どうしたんですか?」
「いやな、こいつが中に入りたそうに鳴くもんだからよぉ、ずっと部屋で暮らしてたんだろ?そりゃ、ウチんなか入りたいよなぁ」
豪星に抱えられた次郎の頭を撫でる須藤の顔は、まるで初孫でも見るような表情だった。屹度須藤も次郎の愛らしい顔と仕草に、此処数日であてられたのだろう。
そういえばこの前、嵐を差し置いて次郎にこっそりおやつをあげているのを目撃したっけな、飼い主的にそれはどうなんだと思わないでもなかったが、次郎が嬉しそうだったので無問題。
「ずっとは駄目だけどよ、ちょっと位なら赦してやるから、ほら次郎、良かったな?豪星にたくさん遊んで貰えよ?」
畳に動物を上げる事を良しとしない人種だろうに、ちょっとだけでも赦す辺り相当な可愛がりようだ。
今も豪星の腕から乗り出した次郎にぺろぺろと舐められて、でれっと相好を崩している。
取り合わせは不気味なのに、不思議と微笑ましく見えるのは何故だろうか。
「寝る前には下ろせよー」
襖を開けて須藤が出て行った後、早速「よしよし」と頭を撫でくりまわし、気持ち良さそうに鳴く次郎を堪能する。
思わぬ介入が嬉しくて、暫く龍児そっち抜けで次郎に構っていたら、その内「おい」と呼びかけられた。
は、と我に返り、慌てて振り返って吃驚した。気付かない内に、龍児が至近距離に迄近づいていたのだ。
「りゅ、龍児君?」
「それお前の犬だったのか?すげーかわいいから沙世が店で買って来たのかと思ってた」
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