用事を終えたらしい須藤に予定時刻に回収され、そこから適当に寄り道をした後家に辿り着く、時刻は既に6時を過ぎていた。
雨もすっかり止み、湿った空気がすぅと肌をを撫でまわしてくる。湿気が服の間さに入ると、汗の伝う感覚がした。
須藤が車庫に車を仕舞ってくると言うので、先に地面に下ろして貰い、早速次郎を小屋に戻そうとした、が、何故か須藤の犬――嵐にギャンギャンに吠えられた。
そういえば朝もギャンギャンに吠えられた気がする。今日は機嫌が悪いのだろうか。
そんな所に置いて大丈夫かなぁと心配気味に次郎を降ろした途端、ぴたりと嵐が吠えるのを止めた。
嵐はそそくさと次郎に近づくと、べろべろとその顔を舐め始める。先程の機嫌の悪さがまるで嘘だったかのような、友好的な態度だ。
「はは、なんだ嵐、次郎の事がきにいってんなぁ」
「そう…なんですかね」
不機嫌だったのはもしかして、豪星が次郎を連れていってしまったからだろうかと不意に思った。
何せ此処に来て以来次郎と嵐はべったりだ、散歩も離れない頻度でくっついている。
そんな所に片割れの飼い主とはいえ割り込まれたら不機嫌にもなるだろう。人で言う悋気みたいなものだ。
犬でもそういう事があるというのは、つくづく不思議な事だが。
…とはいえ、ちょっと舐め過ぎじゃねぇ?何あの勢い?
「今日はどうだった?」
ささやかな疑問を抱えたまま、豪星は須藤と一緒に玄関に向かう。
楽しそうに報告会を始める須藤の目の下には笑い皺が出来ていて、それが彼の厳つい顔立ちを少しだけ和らげていた。
「楽しかったです、あの辺り観光地なんですね」
「大分昔になぁ、テレビか何かに奥の神社が紹介されて瞬く間に観光地に変貌したんだよ、それまでは売れない田畑にシャッター街だったんだがな、テレビさまさまだな」
「はは、そうですね」
「奥は行ったか?」
「いえ、適当なお店に入ったらとても良くして頂いて、一日そこで遊んでいたら奥まで行けず仕舞いになってしまいました」
コロッケが美味しかったんですよ、そう言おうとした直前の事だった。ガシャーン!と、何時かを思い出すけたたましい音が玄関の奥から鳴り響く。
次に聞こえたのは、「りゅうじ君!」と声高い沙世の悲鳴。慌てて二人で居間に向かうと、入った途端うわ!と豪星だけ声を上げた。
ひっくり返った食器、零れた汁、何時も食卓の真ん中に置かれている米びつは、上下逆さまに倒れ大変無残な格好に成り果てていた。
散らばる食事に釘付けになっている豪星の隣で、須藤が豪星とは別の方を向いて、ぐわ、と口を剥く。
「龍児!」
須藤が叫んだ後、漸く我に返って食事から目を離した。
しかし、逸らした目線で龍児の顔を見た途端、びくりと肩が鳴った。
こんな惨状になっている位だ、何か気にくわない、苛立った顔でもしているのかと思いきや、龍児は病人のように白い顔で、茫然と立ちつくしていたのだ。
「どうした!?またやったのか龍児!」
怒りと心配を混ぜた須藤の声が龍児に向かう。
ふらりと、おぼろげな視線を返した龍児が、じぃ、と須藤を見詰めながら言った。
「だって、くえねぇし」
「食えたじゃねぇか!」
「また食えなくなったんだ」
「何でだよ!」
「そんなの、俺が知りた……っ」
龍児が何かを叫びかけたその時、弾みで視線が須藤から豪星の方へ移った。
途端、何だお前居たのか、みたいな視線が豪星を鋭く貫く。が、
「………え?」
視線がかち合って直ぐ、聞こえた盛大な音に全員が固まった。
ぐぅ、と内臓が立てる特有の濁音、…あれ?ちょっと前に同じような事なかったか?
「……………………………はらへった」
以前と同じ締めくくりが静かになった空気に良く馴染み、豪星のデジャブに拍車をかけた。
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