これは無い。
(…マジでないわー)
大事な事なので二度頭で呟き、豪星は肩を大きく上下させながら溜息をついた。
腰つけているのは古びた木と鉄で出来たベンチ、直ぐ傍にはやけに怖い顔が描かれた動物の乗り物、猫汰と以前散歩に来た公園の一角だった。
夜の降りた公園はしんと静まりかえっていて人の気配を全く感じなかい。実際、見渡してみても豪星以外、人っこ一人見当たらなかった。
夏なので寒くは無いが…好き好んで居ようとは思わない雰囲気だ。
それでも豪星はその場に座り込んだまま呆けていた。
本来ならば次の勤め先に辿り着いている時間なのだが、…諸事情により、辿りつけなくなってしまったのだ。
先ほど雇用先から連絡のあった携帯を握り締め、再び溜息をつく、もう二度と掛かってこないだろう、何せ、雇用主が入院してしまったというのだから。
正確に言うと、雇い主の息子さんから、雇い主の携帯を通じて先ほど連絡があったのだ。
父親が、今日突然病気が見つかったのだと、しかも重病で、暫く働く事が出来ないらしい。
息子さんは息子さんで別の仕事をしているらしいので、店を回すことが出来ない、やむなく休店する事になったので、バイトの話は白紙にして欲しい、とやつぎに言われ、茫然とするしか無かった。
しかし、本当に申し訳ないと、哀しさとあせりの混じった声で謝られては頷く事しかできなかった。
そもそも、重い病気に掛かったと言われて、健全な自分がどう文句をつけていいものか。
致し方なく、この話は無かったことになり、豪星は偶々近くを歩いていた公園に腰掛けることになった。
そして、その先を進めないでいる。
別に帰ればいいだけの話なのだが、もしかしたら猫汰が来ているかもしれない、あんな置手紙を置いて数時間後に戻るとか恥ずかし過ぎて嫌だ。
かといって、次郎を抱えてホテルに泊まるのは難しいだろう、ペットと同伴出来るホテルだってあるだろうが、そういったホテルって絶対高いだろうし…。
猫汰から少しだけ頂いた残金を眺めながら暫く考え込み、何秒かした後、うん、と頷く。
その時、膝でうとうとしていた次郎が目を開け、すんすんと豪星の腹辺りを嗅いできた。
「次郎」
頭を軽く撫でながら、くるむようにして抱き込む。
「今日はお外で寝ようか」
「きゅーん?」
「ごめんな、明日はもうちょっと、何か考えるから」
もし戻ることになったとしても、とりあえず1日くらいは間を空けたかった。
今は夏だから外で寝ても風邪は引かないだろう、次郎はあったかいし、多分何とかなる筈。
もふもふの毛に頬を沿わせながら、うとうととまどろむ。しかし、次の事を思うと中々寝付けなかった。
帰ってもし猫汰が居たら絶対訳を聞かれるだろうな、その前に何とか考えを纏めておかないと。
…一晩だけで考えが纏まるかな。
纏まるといいけど、纏まらなかったらどうしようかな。いっそもう一晩泊ろうか、でも、ご飯はどうしよう。
「………?」
次郎を抱えてもやもやしていると、何処からかかつん!と金属がぶつかるような音がした。
何の音だろうかと伏せていた顔を上げると、何時の間にか、直ぐ近くの空き缶入れの前に誰かが立っていた。
見上げると、40代位の渋み走った男がタバコをふかしていた。
ふー、と、宙に煙を吐いた後、ちらりと豪星のほうに視線を向けてくる。
こんな時間に子供がどうしたんだ、みたいな、あからさまな視線を受けていたたまれなくなる。
ぱっと目線を落とすと、相手から隠れるように蹲った。
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