「なーんちゃって!」

「え?あっ、ははは、なんだなんだ、やだなぁ冗句きついですよ、吃驚したなぁ」

「ははは、そうだよねぇ、その前に、お付き合いだよねぇ?」

「えー?」

「おれぇ、男の恋人って初めてだけど、ちゃんと愛し合っていけると思うから…」

「ちょ、ちょっとごめんなさい?」

「はーい?」

「まだ冗句?何処までいったらオチ?」

「やだダーリンてれちゃってぇ」

「あ、っははは、ははは、いやいやいや…ダーリン?」

男が男に呼ぶべきでは無い二つ名にぞっと鳥肌をたてる。

冗談でもそんな言葉を男の口から聞きたくは無かった、幾らまばゆいイケメンだったとしても、だ。

しかし、イケメンは肝心の締め…冗談という終結をさせないまま、半身を寝かせたままの豪星に馬乗りになってきた。

「ひっ」

びくり、と肩が震えて口が引き攣る。何だこの体勢、と困惑している内に、事態は更に急展開を迎えた。

イケメンが、馬乗りの体勢のまま自らの唇をこちらの頬に押し当ててきたのだ。

しかも、「だーりん」と、はぁとまーく付き。

「う」

ぎゃおぉおおおぉぁあぁあああぁあ!!

此処までされたら、流石に色んな事が冗談では済まされなくなってきた!

ていうか冗談でこんな事までしないよね流石に分かるよ分かるって!

たすけて!ヘルプ!多分かなり変なのに捕まった!

荒野に咲いた一輪のイケメンかと思いきや、奇特な方だった!

何でこうなった!誰か取り説!もしくは解説頼む!

今しがた口付けられた頬を抑えて黙り込みながら、声無く絶叫した。

もう、助けて貰った感謝とか、そういう事は頭から吹っ飛んでいた。

「す、す、すみません、ええと…すみません」

「なぁにぃ?」

「お、お、俺、ちょっと倒れた時の記憶が曖昧で…その、貴方に何かしました?」

「曖昧な状態であんな情熱的な告白したの!?凄いねダーリン!」

やべー、告白しちゃったんだ俺、何故?なぜに?全く皆目見当がつかない。

「ええとその、俺は貴方にどんな…こ、こく、告白、を?よ、良ければ経緯ごと全部教えて頂けませんか?」

「振りかえりたいなんて情緒に溢れてるね!メモリアルだね!」

「あーははは」

「うーんと、ダーリン倒れてたでしょ?俺、丁度横を通りかかったの、それでぇ、なんか超お腹空いてたみたいだから、俺の料理あげたの、持ってたから」

「…その説はどうも」

「そしたらダーリン、俺の料理がつがつ食べて、超感動した声で俺と結婚しましょうって言ったの」

「わーぉ」

イケメン変人の妄想話と思いたかったけど、妄想話にしちゃ経緯から結果迄が確りし過ぎている、…多分これマジで言ったな。

つうか、何がどうして結婚とか口走ったんだ俺、腹が空き過ぎてたからってどんだけとち狂ってたんだよ。

「俺の料理美味しそうに食べながら結婚しようだなんて、…運命感じちゃった、だから責任とってもらってね?ダーリン」

よし、数時間前の俺歯ぁ食いしばれ、そんで今の事態の責任をお前が取れお前が!

あぁあくっそう!どうしようこの状況!想像以上に収拾がつけ難い状況だ、正直自分のスペックでは処理が追いつかない。

けれど巻かれてしまったからには何とかしなくては、何とか、何とか。

「ね、ね、ダーリン、ばんごーおしえて?」

いやいや番号とか、勘弁勘弁、んな事したら余計収拾がつかないって。

………番号?

待て待て待て、落ち着け俺、今番号を聞かれたぞ、番号を聞かれたという事は、お互いまだ番号も知らない仲という事で。

という事は、という事は?

―――逃げられる!

手遅れっぽい状況から、かなり太い光明を見つけて豪星は目をかっぴらく。

「す、すみません…」

「んー?」

番号を書くからと、イケメンを一度身体の上から退かすと、適当に笑って紙とペンを強請った。

直ぐに手渡された掌大の白いメモ用紙にそれっぽい番号を書いて、「これが俺の番号ですから」と手渡す。勿論、本当の番号では無い。

イケメンが嬉しそうに番号を登録するのを横目で見ながら、豪星は襤褸が出る前に退散しようと身支度を始めた。

それに気付いたイケメンが「泊ってけば?」と腕を掴んで提案してきた、が、丁重にお断りした。

急に馬乗りになってきた男の家になんぞ泊ったら、何をされるか分かったもんじゃないっつうのね。

「次は何時あえる?」

「……す、直ぐに会えますよ?」

訪ねられた言葉にそれっぽいが、しかし実の無い返事を返す。それでも相手は満足したらしく、掴んでいた腕を離してくれた。

「またね」

何時の間にか鼻先にまで近づいていた男が、目を潤ませながら別れの挨拶をしてきた。

その月9顔負けの表情を見た時、ちょっとだけ罪悪感が芽生えた。

思うにこれは、勝手に勘違いをさせて、勝手に拒否して、勝手に逃げ出した事になるのだ。

自分に非がある分だけ、胸がちくりと…―――て、いやいや勘違いする方がおかしいよこれ。

直ぐに思い直したお陰か、ちっぽけな罪悪感は直ぐに胸からとれ、霧散して消えた。

手を振るイケメンに手を振り返し、やがて扉が閉まると、豪星は踵を返して歩き出した。

暫くはゆっくりと歩いていたが、階段に差し掛かかり、完全に扉が見えなくなった所で一目散に走り出した。

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