「ちょ!」

離して下さい、と、言おうとしたが、傾いたままの体勢で見たものに、びくりと口が固まってしまう。

「だーりん」

漸く顔を上げた猫汰が、泣き顔のまま豪星を見ていた。匂い立つような色気を含んだ、とても艶のある泣き顔だった。

呆然とその顔を見つめていると、猫汰が掴んでいた腕を引っ張り、豪星に抱きついてきた。

「ダーリン、好き」

「え、ええと、ありがとうございます?」

もうどうした良いか分からなくて、お礼なんか言ってしまった、しかも疑問系で。

「多分ずっとすきだった」

「え?」

「…ダーリン知らないだろうけど、おれ、ほんとはダーリンが倒れてたときが初対面じゃないの」

「え、ええ!?」

唐突に語り始めた猫汰に益々混乱させられる。

初対面があの時じゃないだって?

何の話だ、何時の話だ、何処の話だ。

「ダーリンあの道よく通るよね、実はおれもなの、ダーリン何時も凄く忙しそうで俺のほうなんて気づいてなかったけど」

「は、ぁ」

「…真面目そうで、優しそうで、でも、忙しそうに走りながら、ちょっと眉間に皺寄せてるとことか、いいなぁって、見かける度思ってた」

「……」

日常で、そんな目で自分を見ていた男が居たのか。知らなかった、いや、知ってたら怖いけど。

ああ、でも漸く腑に落ちた、ずっと疑問に思っていたのだ、そもそも何故こんな風になったのかを、原因が豪星の告白だけではあまりにも話が飛躍し過ぎている。

(何だ)

これは別に急な話じゃなかったんだ、ぶっとんではいるが、偶々機会があっただけの話なんだ。

豪星がとち狂ってしまったばかりに、自然消滅したかもしれない話が、繋がってしまったんだ。

「は、恥ずかしいからずっといわないでおこうと、思ったんだけど、けど、やっぱいいたい、だってしあわせすぎる」

「ね、猫汰さん」

「俺、ばかみたいでしょ?会って間も無いのに、こんな風になっちゃって、ほんと馬鹿みたい、でも、想像以上のひとだった、優しくてかわいくてかっこよくて俺の料理好きで、それで一緒に居ると楽しくて嬉しくて、…ダーリン気になってよかった、好きになってよかった、ダーリンが俺に告白してくれて良かった、うれしい」

猫汰がふと、顔を寄せてきた。

あ、キスされるかな、と、思った瞬間、ちぅ、と可愛らしい音を立て、彼の形の良い唇が触れて、離れた。

されたのは口ではなく頬だった。何故か避けようと思わなかった自分に驚いた。

「どうしよう、どうしよう、君の事が好き過ぎて、俺馬鹿みたいだっ」

どん、と豪星の胸を猫汰が叩く、苦しくて咽ると、はっとした顔を浮かべた猫汰が、次いで小さな声を上げる。

「ご、ごめん、俺困らせたい訳じゃなくて、でもなんか、好き過ぎてどうしたらいいかわかんなくって…あの、やっぱり、いいや、バイトやっていいよ、そうだよね、そんなのダーリンの自由だよね、ほんとに、ごめん」

「猫汰さ…」

「…好き過ぎて、ごめんなさい」

「………」

「………」

赤い顔を伏せながら、涙をほろりと落とした猫汰を見た時、―――初めて、このままではいけないんじゃないかと思った。

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