(え、ちょ、此処何処)

ぱっと、油が水を弾くような勢いで目が覚めてから、豪星は自分の置かれた状況に困惑した。

何時の間にか黒く染まった空、見知らぬ暗い部屋、のソファに、何故か寝かされている自分。

そもそも、何故自分が眠っていたのか、そこから疑問だった。

(え、え、えぇっとぉ?)

落ち着け、俺。

ちょっと寝起きで混乱しているだけだ、多分、時計でも見ながら順を追って遡っていけばきちんと思いだせる筈。

辺りを軽く見渡すと、丁度近くに発光するタイプのデジタル時計があった。時刻は既に7時を回っている。

ぱっと思いだせる最後の時刻は5時半過ぎ、その頃に出かけたのは覚えている。

(あれ、そういえば俺、一回倒れたような…)

出かけ際から、自分が歩く姿を思い出していると、ふと重要な事を同時に思い出した。

そう、確か、空腹が過ぎて道端で倒れてしまったような気がする、人気の無い所で、かなりあからさまに。

けれど、今は道端でも無いし、不思議と空腹も落ち着いている。

自分の腹を摩って追加された疑問に首を傾げていると、不意に視界が瞬いた、どうやら部屋の灯りが付いたらしい。

人工の光特有の眩しさが目を突いて、萎むように目を細める、細めた目の向こうでは、人の気配がした。

「おきたぁ?」

間延びした声が聞こえた、回復した視界で声のする方を見た時、豪星はひっく、と喉を鳴らした。

(わぁ、イケメン)

長身のイケメンが、部屋の壁に寄りかかっていたのだ。

「おきた?」

彼がもう一度こちらの状況を訪ねてくるので慌てて頷いた、すると、イケメンは口元を緩く微笑ませてからこちらに近づいてきた。

イケメンは手に四角い盆を持っていて、その上には、湯気をたてたカップが乗っている。

イケメンはソファの縁にまで近づくと、背後の机に盆を置いてからこちらの顔を覗きこんできた、薄い色の髪がふわりと近づく。

「よかったぁ」

すっと伸ばされた手に額を撫でられる、そのやけに白い手を見た途端、―――はたと、それまで強固に閉まっていた記憶の鍵が開いた。

一旦思い出すと、記憶はぬかるんだ土から根を抜くようにずるずると這い上がってきた。

空腹により何も出来ず倒れて、目の前がチカチカしてきて、その時何処からか白い手が伸びてきたのだ。

…あの時は朦朧とし過ぎてお迎えだなんだと思ったけれど、あれは多分、唯白いだけの人の手だったのだ。

この状況から察するに、恐らく持ち主は。

「…あ、の」

「んー?」

「助けてくれて、有難う御座いました」

生き倒れた所を助けてくれたのだと確信し、豪星はぺこりと頭を下げ、上げた。

じっと相手の目を見つめると、ふわりと微笑まれた、とても柔らかい、女のような笑い方だった。

「どういたしましてぇ」

イケメンはにこにこと笑いながら身体を捻り、先程置いたばかりの盆に触れると「白湯、飲める?」と聞いてくる、

どうやら寝起きの自分を心配してくれているらしい。隙間なく「はい!」と答えて、渡された白湯をひとくち飲みこんだ。

恵まれた白湯は舌に丁度良い温度で、豪星は無意識に安堵の息を吐いていた。

そういえばこの人、倒れていた時も何かを恵んでくれたような気がする。

うっすらとしか思い出せないが、腹が空腹を訴えなくなったのが何よりの証拠だろう。

(良い人に助けて貰った)

世知辛い世に咲いたイケメンという名の花を褒め称えたくなる。

ていうか凄いなこの人、こんなに顔が良い上に見知らぬ人を助けちゃうなんて余程出来た人に違い無い。

聖人君子にでも会った気分で、豪星はまったりと口元を緩めた。

「あの―――」

「えっとぉ」

もう一度重ねて礼を言おうとしたが、相手の言葉に重なってしまった。

一瞬、お互いの間に変な間が開いたが、直ぐに持ち直して「どうしました?」と相手の言葉を促す。

話の紐を掴んだ相手は、照れたように相好を崩してから「ごめんね、えっと」と改めて口を開いた。

「何て呼べばいいのかな?」

言われて直ぐ、恩人に自分の名前を伝えていない事に気付いた。「すみません」と無礼を謝り、改めて名乗ろうとしたが。

「あ、そうだ、俺が味噌汁作るから、俺が奥さんか」

―――んん?

また変な間が開いた、今度はお互いでは無く、自分の方にだけ。

「…なにをおっしゃっているのでしょうか?」

「やだなぁ、さっき婚約したじゃない」

「はい?婚約?」

「うん、婚約」

………。

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