「わーお絶壁だ!!みつこれどったの!?」
目の前に出された豪星よりも、隣の猫汰の方がいち早くソレに反応した。
何が絶壁なんだと首を傾げたが、直ぐ、瓶に貼られた「絶壁」の文字を見て理解する。
…って、いやいやちょっと待て、まさかこれって。
「おぉお…!プレミアついちゃって中々手に入らないのに!俺生で見るの久しぶりだよ!」
「親父さんが土産にってくれたんだよー、ほんとは一人ちびちび飲もうと思ってたんだけど、…で?猫汰、俺の話どうする?」
「えへへへ飲ませてくれたら考えないでもないー」
「ほんとか!?よしよしちっと待ってろ!」
嫌な予感に汗を垂らし始めた豪星を差し置いて、二人は盛りに盛り上がり始めた。光貴が爛々と瓶の蓋を開けると、…強い酒気が辺りに漂う。
(やっぱりぃ!?)
「ほれ、豪星も味見してみろ」
当然のように薦められて焦りが加速する。首を横にぶんぶんと振って拒否を示したが、光貴がそれを赦さなかった。
「お、その反応は初めてだな?よかったねー豪星、今日でデビューだ」
「いやいやいや未成年ですから!」
「かてぇ事いうなって、オトナの俺が許してやるから!」
そう言って勝手に豪星の分の器を取り出し、並々と注いで目の前に押しつけてくる。あぁあ!駄目なオトナだなおい!
断り切れなかった器を目の前に、途方に暮れる。いっそ沈黙を貫こうかとも思ったが、ちらりと覗き見た光貴の、期待に満ちた目を見て諦めた。
これ、多分飲まないと帰してくれないな。帰れないのは困るな、でもいいのかこれ、いや良くないな。
てか猫汰さん、アンタ何時の間にか隣でぐびぐび飲んでますけど、あんた俺のひとつ上でしたよね?
しかも呑み方慣れてるし、駄目駄目だな。
「…い、頂きます」
このままぼうっとしていても埒が明かない、こうなれば、少し口つけて、飲めませんとでも言おう。
口をつけても飲めないならば仕方が無いですむだろう。そう思い、意を決して一口飲み込んだ―――瞬間、あれ?と呆気にとられた。
「…飲みやすい」
豪星のイメージでは、酒はとても癖が強く飲みにくいものだと思っていた。
しかしこれはどうだ、特徴的な味ではあるが、口当たりはかなりまろやかでするっと口に入っていく、別に不味くもなんとも無かった。
つい、二口、三口と呑んでしまう、四口目も飲んだ辺りで…何だか物凄く楽しくなってきた。
「顔が赤いぞ豪星、はははー」
「みつきさん、これのみやすい」
「豪星、それはな、美味いってことだよ」
「そう、なんだ…」
オトナの美味いって奥が深い、けど、嫌いじゃないかも。
「絶壁は呑みやすいんだよダーリン、べらぼぅ高い癖に万人向けだよねー」
「未成年が知ったような口きくな」
「えっへへへおかわりー」
「はいはい」
猫汰が二杯目を貰っている内に、豪星の杯の中身が半分になった。
それを見た光貴が「初めてにしては飲めるじゃねぇか」と嬉しそうに言って、目の前に何かを差し出してきた。
「おつまみどうぞ」
差し出されたのは小鉢だった、中身には納豆と緑色の何かが入っている。
「酒のつまみといえばこれだろ」
なんだろう、分からないまま口に入れて、直ぐ、ぱん!と口を押さえた。
吐きそうとか、不味いとかでは無く、唯美味くて、口を押さえる程びびった。
隣で猫汰も、「納豆アボガドうまいにゃー」と、縺れた口で賛辞を投げている。
「う、美味い」
「だろだろ?合うだろ?やー、こういうのって単品で食べるとべつにそんなでも無いのに、酒が入った途端ごちそうになるよなー」
そうか、これが酒に合うという感覚なのか、初めて知った、うん、マジで美味い。
「お次はこれなー」
そう言って光貴がまた別の小鉢を差し出してくる。流石オトナだけあって、チョイスがどれも美味くて堪らなかった。
止まらない箸を忙しなく動かしていると、それを見ていた光貴が口元を三日月に象り、言った。
「オトナになるのが楽しみになったろ?」
間髪いれず、豪星は頷いた。
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