「いただきまーす！」

「…いただきます」

猫汰の料理とは違う意味で、見るからに不味そうな夕飯を、猫汰は顔色ひとつ変えずにほおばった。

頬張った後も顔色は変化することなく、猫汰はにこにこと笑顔のまま飯をかきこんでいく。

暫くその姿を眺めていたが、やがて豪星も久しぶりの手料理に口をつけた。

（…まずい）

猫汰の笑顔を信用してはいなかったが、予想以上の惨敗っぷりにへこむ。

誰だ、あれよりはマシになるだろうと思った奴は、俺か。

いや確かにアレよりはましだけどね、味は、けど、猫汰の料理は味は壊滅的でも、形としてはもっと完成していたような気がする。

焦げ目なんて無かったし、べたべたもしてなかった、出来上がりだけならこんな素人不細工料理と並べてはいけない気がしてきた。

何だか、試合に勝って勝負に負けたような、凄く微妙な気分になる。

「美味しいねーダーリン、上手だねー」

「……」

「おかわりある？俺もっと食べたいな」

「……」

「ほんと美味しい」

「……嘘だ」

彼の舌が幅広いという事を知っていても、言わずにはいられなかった。

こんな料理が美味い訳が無い、大体、味覚が幅広くとも、火の通っていない人参の食感や、こげたキャベツ、油でぎたぎたな野菜炒め、べたべたする白米、それだけで充分不味いと分かるはず。

「嘘だ、猫汰さんのうそつき」

初めて彼に本音をぶつけると、ちょっと驚いた様子の猫汰が、直ぐ、ふわりと相好を崩した。

「うそついてないもん」

「嘘だ」

「嘘じゃないよ」

「うそ…」

「ダーリンが初めて俺の為に作ってくれたのに美味しくないわけないもん」

「………」

ベタなフォローのされ方だ、しかし不覚にも、ぎゅっときてしまう。

「でも、ダーリンが失敗だって思うなら、練習の為にもっと俺に作って？」

「……」

「あ、そうだ！俺が教えてあげるよ！ねー、二人で作っても楽しいかもー」

「……はい」

昨日以前の自分だったらお前に教わることは何も無いと思うところだが、今は素直に頷くことが出来た。

頷くと、猫汰がとても嬉しそうに手を叩く、ついでに「じゃあ早速ご飯炊こう！」と気が早いことを口にすると、食べ終えた食器と豪星を連れてキッチンに向かった。

「余りますよ」

「おにぎりにして冷凍するからいいの」

「おにぎりですか」

「うん、あ、そうだ、今度出かけたる時はおにぎり作って持ってこうよ、お昼に食べよう」

「その時はダーリンも、おにぎり作るの手伝ってね？」

「…はい」

多分、教えてあげるの延長なのだろう、もう一度心臓にぎゅっと来た。

が、早速物騒な具を猫汰が呟き始めたので、豪星は直ぐに元の調子を取り戻した。

とりあえず、その時が来たら何としても梅干を入れよう。





久しぶりに泊りたいと言った猫汰の為に布団を出していると、猫汰が何かを詰まらせたような顔で「ねぇ」と訪ねてきた。

「前から不思議に思ってたんだけど、布団が二組あるって事は…ダーリン、本当は一人暮らしじゃなかったの？」

「え？ええ、まぁ」

「…彼女？」

「残念ながらいませんでしたねぇ」

もっと残念なのは、かっこ仮とはいえ、初恋人が彼氏な所かな。

て、うわー、すげぇ嬉しそうな顔してる、何かぶつぶつ「ダーリンの初めて…！」とか言ってる、止めてその言い方、嫌過ぎる。

「じゃあご家族のお布団かな？ご健在なの？」

「母親は小さい時に亡くなってますけど、父親は一応居ますよ」

「いちおう？」

「ちょっと蒸発中で」

「わーぉ、ダーリンて普通の割に普通じゃないよね」

「そりゃどうも」

「でも、父親が蒸発中の割にはダーリン落ち着いてるねぇ」

「…これが初めてじゃないので」

「マジで？」

「マジです、…ちょっと変わった人なんですよね、何でか定期的に引っ越して、それで、定期的に出かけてくるとか行ってどっかいっちゃうんですよ、俺産まれた所はもっと遠くだったんですけど、でもなんか、そんな事繰り返してる内に何時の間にかこんな所迄来ちゃって…」

「それって、その度はらぺこで倒れてたって事？よく今まで生きてられたねぇダーリン」

「いや、何時もは置き手紙と暫くの生活費置いていくんですよ、けど、今回は何の沙汰も金も無くて、お恥ずかしながらあの様です、はは、ついに俺捨てられましたかね？」

なんて、冗談だけど。

屹度あの人は俺を捨てないだろう、多分、その内またふらっと帰ってくる。沙汰も金も無かったのは、多分何らかの理由があっての事だ。

根拠はない、強いていうなら、家族という名の付き合いから来る勘だろうか。

ふっと遠くに目をやっていると、何時の間にか至近距離にまで迫ってきていた猫汰がどんとしがみついてきた。

豪星の身体にしがみついた猫汰は、腕に力を込めながら、「ダーリン」と甘えた声を滲ませる。

「大丈夫、これからは俺が養ってあげるから！」

「…………あーははは、どうも」

ふと、男のヒモを続ける自分の姿を想像して、凄く複雑な気分になった。

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