(…はらへった)

大凡人がたてるとは思えない爆音を腹から響かせ、豪星は人気の無い道端に倒れていた。

周囲に並んだ建物によって出来た影が、人気の無さを更に際立たせている。

(出かけて直ぐに倒れるとは思わなかった…しかもこんな路地のど真ん中で)

実際、人気が無いとはいえ人っ子ひとりも通らないのかと言われれば、そんな事も無かった。

が、何人横を通り過ぎる気配を感じても、生き倒れに手を差し伸べる輩は一人も居なかった。

こんな道のど真ん中で倒れているのに声もかけられないとは、なんて世知辛いのだろうか。

ぐるぐると異常な音をたてる胃と腸を肉の上から抑えて、無常を歯で噛みしめる。ついでにちょっとはマシになるだろうかと空気も噛んでみたが、空しくなって止めた。

(もうちょっと先の大通りで倒れればまだ救いがあったかな…)

人通りの多い所ならば、まだ十人に一人くらいは居るであろう温情厚い誰かに助けて貰えたかもしれない。あ、でも。

(そうなったら、救急車呼ばれるか)

それは不味い。

救急車って確か金がかかるんだよな、しかも結構な値段、幾らだっけ?千円以上ならもうアウトだ。

そんな事でもし金でもかかったら、そもそも何でこんな死にそうになる迄腹を空かせてるのかの意味が無くなってしまう。

でも、もし此処で空腹で死んでしまったら、それこそ意味が無いのか?

あぁ、駄目だだめだ、訳が分からなくなってきた。ていうかなんか、目の前が白くなってきたぞ、何だこれ、チカチカして綺麗だけど、ぼんやりして怖い。

こつこつと、何かが近づいてくる気配もする、目線だけで気配を追えば、色の白い、綺麗な手が見えた。

(白い、チカチカ、ぼんやり、白い手)

あ、お迎えってやつ?

「ねー、どったの?」

お迎えさんがとても間延びした声で現状を訪ねてくるので、「おなかすいた」と、かなり簡潔に説明した。

すると、お迎えさんは「おなかすいてるの?」と疑問符をつけて反復し、ちょっとした間を空けてから今度は「おなかすいてるんだ」と疑問のとれた反復をした。

「そうです、おなかすいてるんです」

「なんか買えば良いじゃん、すぐそこコンビニあるよ?」

「無理です、金無いです、てか歩けないです」

声を出していられるのも、最早奇跡。

「へー」

「だからできればこれだけどうにかして連れてってください、それか向こうで腹いっぱい食わせてください、後生ですから」

「連れてく?どうにか?向こう?んー、何か君面白い事言うねぇ、…んー、どうにかかぁ」

何かを思いついたような相槌が聞こえて直ぐ、頭上からかぱりと音が聞こえた。

それはさながら、プラスチックの容器の蓋を開けるような、そんな音。何事だろうかと、思ってから3秒。

「ねぇ、俺の料理で良ければ食べる?」

振って湧いた言葉に、最後の気力を使って飛び起きた。

起こした半身で見た光景は、やたらと色の白い人が、白い手の上でプラスチックの容器を持つ姿。

その容器に目が釘付けになった、目が霞んで色んな輪郭がぼやけていたけれど、話の流れから察するにこれに食べ物が入っている。

「食べる?」

「食べる!!」

もう一度訪ねられ首を豪快に振った。了承を確認した相手は、その手の容器を豪星の元に差し出してくる。

ソレを半ば強奪する勢いで受け取ると、脇目も振らずに貪り始めた。

「美味い!!美味い!!」

口に入れ噛みしめた瞬間、喚き散らすように叫んだ。

実は味なんて分かっていなかったのだが、食道から胃に、食物が通っているというだけで、それは何よりも代えがたい美味に感じた。

豪星の勢いに押されたらしいお迎えさんは、暫く豪星の食べっぷりを唖然と眺めていたようだが、その内「そんなに美味しいの?」と喜色混じった声をあげた。

「はい!!こんなに美味い物食べたのは初めてです!!と言う訳でまだあればもっとくださいお願いします!!」

正直な感想を相手も見ずに叫ぶ。容器が空になってきたので、ついでに欲張ってもみると、直ぐにおかわりの蓋が開く音が聞こえた。

「いいよ、どうぞ」

好意に甘えて二つ目も一心不乱に食べ始めた、徐々に膨らみ始めた腹の感覚に、何とも言えない幸福感が募ってくる。

「…うれしぃ」

不意に蕩けそうな声が聞こえた。

何時の間にか豪星の隣に座っていたお迎えさんが、嬉しそうな雰囲気を漂わせ、何故か豪星にぴたりとくっついてきた。

「俺の料理、こんなに美味しそうに食べてくれた人はじめて」

その呟きに、問われてもいないのに豪星は全力で応えた、「この世で一番おいしいですよ!だからもっとください!!」と。

何だか自分が食べる事に対して嬉しそうだったので、そう言っとけばもっとくれるかなと思ったのだ。

そしてそれは豪星の読み通り、相手のタッパーを更に開ける鍵となった。

「いいよ!もっと食べて!全部君にあげる!」

「マジですか!天使ですか!いっそ俺と――しませんか!!」

「いいよ―――しよう!!俺君の為に毎日味噌汁作るよ!」

「味噌汁!食べたい!!オーケイです!」

「約束だよ!」

途中から、満腹感から来る眠気によって自分が何を言っているか分からなくなってきた。

ついでに相手が何を言っているかも聞こえなくなってくる。さっきまで倒れていた位なので、体力も限界だったらしく、瞼が段々とずりおちてきた。

けれど口元だけは食物を求めて、色んな意味で動くという不思議な状態だった。完全に何も聞こえなくなった頃には、瞼が落ち切るのと同時に身体も仰向けに落ちた。

しかし今度は、苦しさによる倒れ方では無く、幸せな眠気によるものだった。そのまま豪星は、抗えない欲求に流されるまま眠りについた。

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