お互い交代しながら暫く走り周った後、漸く足を止めた所で同時に腹が鳴った、陽が真上に来ていたので、昼時になったのだろう。

服に着いた埃を叩き落としながら、猫汰が公園の外に向かって歩きだした。

「そろそろいこっかダーリン」

主語の無いそれは、恐らく今日一番のお楽しみのことだろう、待ってましたと勢い込んで、豪星もその背に付いて歩き出す、が。

「俺のお勧めのお店なの、ダーリンも気に入ってくれるといいなぁ」

「…おすすめ?」

ふと、今日の希望に穴が開いた。

外食をするという事にばかり気をとられていたが、この人が連れて行ってくれる飲食店というのは、はて、…信用して良かったのだろうか?

「期待しててね!」

「……は、はい」

頷きながらも、期待とは程遠い不安を抱き、るんるんと前を歩く猫汰の後姿を追った。





もう少し歩いた大通りに飲食店街があるので、豪星はてっきりそちらのほうへ向かうのだと思っていた。しかし猫汰は大通りとは真逆の道へと歩き出す。

暫く歩いて見えたのは静かな住宅街だった、どれもこじんまりとして、綺麗に横並びしている。

時折個人店のようなものが何件か見えたが、全部看板がずり下がっていたり、ガラスが割れていたりしている。

どうやら、時代のあおりを受けて潰れた店の成れの果てらしい。

こんなところに何が…と思っている内に、猫汰が目の前でぴたりと足を止めた。

「着いたよ、ダーリン」

「此処…?」

住宅街の中でも一層人気の無い閑散とした場所に一件の店が建っていた。

しかし今まで見た廃店とは違い、年季の入った看板の下でうっすらと電灯が灯っている、古びてはいるが、煤けている様子は無い。

だが、扉の前には「準備中」と書かれた紙が貼られていた。

「あの、猫汰さん」

やってないみたいですけど、と、豪星が尋ねる前に、猫汰が目にも留まらぬ速さでその店の前に立った。はやっ、と思う間もなく。

「みつー!!」

何事かを叫び、あろうことか扉を叩き出した、しかも、かなり煩く。

「みつ!いるんでしょ!開けてよ!ねー!!きこえてんでしょー!!」

辺りが静かな所為かそれは随分と周りに響いた、自分が周囲の人間だったら良い迷惑だと思うだろう。

慌てて「なにやってるんですか!」と騒音の犯人を引き下げようとしたが。

「うるせぇな猫汰!!」

豪星が本人を引き下げる前に、目の前の扉がすぱん!と勢い良く開いた。

扉を開いて現れた男は、猫汰との距離を詰め、その襟首を掴むと、苛立ち混じった声を出した。

「おい猫汰、準備中って書いてあっただろ、ついに漢字も読めなくなるくらい頭が痛くなったのかお前は!」

「休みでもないのに店開けてないみつがわるいんじゃーん!」

「あぁ!?だから準備中だっての!今忙しいんだよ、つか、何時もは呼ばなきゃ顔見せに来ないのに何で今に限って…」

「だぁって俺、デート中なんだもん!」

「……は?」

がんがん響く喧騒が一端止まって、から、視線となってこちらに向いた。

急に寄越された視線は、先ほどの喧騒とは打って変わり、とても間抜けたものだった。

一端口を止めていた相手だったが、暫くした後盛大な溜息を吐いた。

「おい、猫汰」

「んー?」

「デートっつったな?えーと、俺の聞き間違いと考え違いじゃなきゃ、お前、デートして、そのついでに、昼飯此処に食べにきたってことか?」

「耳も頭も間違ってないよー」

「そうか、…で、だな、猫汰」

「んー?」

「相手は何処だ」

「うしろ」

「男しかいねぇぞ」

「ダーリンでーす!」

「お前も男だろ、ていうかお前結構前に別れた奴女だったよな?その前も女だったよな?その前も前も、それより前は知らねぇけど」

(どんだけ付き合ってんだ)

「あれ?俺バイだよ?男と実際付き合うのは初めてだけど、…あれ言って無かったっけ?」

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