ビニール袋を持って、彼はあれからも定期的にやってきた。

初め程長時間は居座らなくなったが、豪星が必ず居る時間―――学校から帰り次郎の世話をする、夕方4時からは絶対に来訪するようになった。

最近では勝手に合鍵を作ったらしく、豪星が戻るよりも先に部屋に入り込んでいることが多かった。

その事に関しては、別れる時に鍵を付け直すのが面倒だな、と思うだけで、それ以上注意する気は無かった。個人情報を探られたあたりから、もう既に今更である。

今日も散歩を終えて帰ってくると、部屋の窓から明りが漏れていた。

ああ、屹度食事の準備でもしているんだろうなと思うと、勝手に溜息が出た。ドアノブを捻ると、鍵を閉めたはずの扉が簡単に開いた。

「おかえりぃ」

「はい」

先に入り込んで居た彼が、振り向かずに労いの言葉をかけてくる、…流石に一週間もこれが続くと、豪星とてもう驚かなかった。

簡単な相槌を打って中に入ると、次郎をゲージに戻してから豪星は冷蔵庫に向かった。

ちょっと前までは不味い水道水に直行していたが、今はパトロンが居るので冷蔵庫にはお茶という素晴らしい飲み物が入っていた。

ソレを目当てに、自分の胸元位しかない小さな冷蔵庫を開く、が、あれ?と疑問を感じて首を傾げた。

「猫汰さん」

此処暫くで覚えた名前を呼ぶと、隣のキッチンに向かっていた彼が「んー?」と振り返った。

「すみません、冷蔵庫…もしかして掃除してくれました?」

「あ、ごめん、気になった?」

「いえ、とんでもない、ありがたいです、ありがとうございます」

いいよー、と明るく笑う彼の姿は朗らかで、今までの奇行とは到底結びつかない。

こういう側面だけ見れば…悪い人ではないんだけどなと、豪星は一人溜息をつく。

交際を迫られた際には、如何ともし難い強引さと奇抜さを発揮させた彼だが、それさえ抜けば驚く程に従順で、良く気が付く人だった。

普段は面倒だな、と放置してしまうよう場所を掃除をしてくれたり、溜まっていた衣類を洗濯してくれたり、率先して次郎の世話をしてくれたり。

ありがた迷惑だと言えてしまえば良かったのだが、困ったことに助かっている。

これから別れ(解雇)を切り出したときに、良心が痛まないといいなぁ、などと思う位に。

まぁ、助かっているからと言っても、だ。

「それより、ご飯できたよぉ!」

これがある限り気持ちだけは変わらないだろうが。

「……い、いただきます」

席に着き、手を叩きながら濁音混じりの挨拶をする、…今日はチャーハンっぽいけど、何で蛍光色なんだろうなぁ。

何でも入れちゃう人だから、そろそろプラスチックでも溶かして入れたんかなぁ、胃で溶けるかなぁこれ。

いやでも、最近はドーナツもアイスもこんな色してるものがあるじゃないか、そう考えれば全然いけ……。

「……」

「どう?」

「……お」

「うん!?」

おぇぇぇえええぇぇええええ!!!

全然いけなかったまっずぅうう!!

なにこれ昔誤って口に入れた粘土みたいな味がする!!!何で見た目蛍光色なのに粘土の味がすんの!?どんだけ斬新なの!?

飲みこめるのかこれ飲みこめるのかこれ飲みこ…んだ!俺すげぇ!

「……お、…おもしろい味でした」

美味しいわけない、けど雇用しゅ…恋人に面と向かって不味いとはいえず、言葉を捻ったら変な感想になった。

「独創的なんだ俺の料理…!さすがダーリン、感想に捻りを入れてくるなんて俺感激しちゃったよ!」

「あーははは」

ひたすら感激している彼を意識の余所に置き、豪星は今日も凄まじい料理を平らげることに成功した。

しかも最近は食べるスピードが以前よりも速くなっている。新人で言うところの、中々様になってきた、という奴かもしれない。

(う…)

だが、ひたすら不味い物ばかりを食べている所為か、ダメージが大きく蓄積されてきた。

たまには一日、まともな物しか食べない日も欲しいところだ、…なんて、傍から聞くと凄い願望だけど。

「―――ねぇ、ねーってば、ダーリン、ねぇ!」

「……っ、は、はい!」

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