………。

俺はさっきまで、どうやったらこのイケメンを追いだせるか、誤解を解けるか警察に駆け込めるか、そんな事ばかり考えていた。

実際喉にまで出かかっていた、のに、今は目が、頭が、出された万札をいやらしく数えている。

いち、に、さ………じゅう、十は絶対ある、これだけあれば今月なんとかなる。

正直倒れた時から、今月持つのか不安で堪らなかった。こんな状態でバイトなんか出来るのか、そもそも見つかる迄身体が持つのか、何もかも真っ暗だった。

けど、今、金が、此処にある、これさえあれば、積み重なった窮地を凌げるかもしれない。

けど、この金を取ったら最後、想像も出来ない程面倒な状況になるだろう。

今断った方が、精神的な意味で絶対安心な道を渡れる、例え餓死寸前になったとしても、それ以上の危機は来ない筈。

ああ、でも、俺は良いとしても、…次郎が。

「きゅぅん」

それまで寝ていた次郎が小さく、愛らしい鳴き声をゲージの中から響かせた。

そのタイミングの良い鳴き声を聞いた瞬間、豪星の中の天秤がばたん!と振り切れた。

「…付き合いましょう」

ああ、ちくしょう、言ってしまった!

「あは、何言ってんのダーリン、もうつきあってんじゃーん」

「あーははは」

…バイトと同じ、そういう事にしておこうかと思う。このハタ迷惑な人の望み通り付き合う、代わりに、俺はこの金をバイト代として受け取るのだ。

前金で約10万、期限はこれが尽きる迄と決め、全てを使い果たしたら解雇して貰おう、…何が何でも。

例え、その所為で最強最悪なホモ修羅場になったり、その延長線上で殴られたりしても、バイト代の内として甘んじよう。

気が引けるし、嫌だし、後悔半端ないけど、目先の金に飛びつく程生活が逼迫しているのだ、致し方ない。

「…ちゃんと言って無かったなと思って」

「ダーリン…っ、俺今猛烈に感動してる…!」

「はははー」

安い人だなー。

ていうか、何でこの人俺の事こんなに好きなんだろう。

彼の説明を聞く限り、こんな風になる程大層な告白はしていないようだが?

この人ネジがぶっ飛んでるから告白は3倍に聞こえるとか?わけわかんね。

まぁでも、一応色んな意味で命の恩人だ、それなりに対処せねば。

「…これから暫く、宜しくお願いします」

「はーい!すえながーくお願いしまーす!」

そんな事になったら俺は、爆発してしまうかもしれない。

「わんちゃんも、これからよろしくねー?」

男は次郎が眠っているゲージに何時の間にか近寄ると、次郎の頭をすりすりと撫でた。

ぱちりと次郎が目を覚まし、気持ちが良かったのか、ぷるぷると震えてまろい顔を滲ませる。

「あ、そうだ、ダーリンにおやつ作って持ってきたんだけど、良かったらわんちゃんお食べー?」

不意打ちで彼が取り出したものに、次郎が可愛い口をあ、と開けて受け入れる、前に、勢いよく奪い去った。

それが何処にも、ましてや次郎の口になぞ絶対に入らないよう全て咥内に放り込むと、全力で噛み砕いた。

「ダーリン…!犬から奪い去る程俺の料理が…!」

(くそまずいってね)

イケメンの言葉を心の内で補足しながら、世にも奇妙な味のするお菓子を堪能する。

再び顔を青くさせながら、やっぱ早まったかな、などと、何度目か分からぬ後悔を頭に浮かべた。

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