よく分かっていなさそうな猫汰はさておき。豪星は器の中身を食べ終えると、いつのまにか喧嘩の止んだ大人ふたりに「ごちそうさま」と言って、空の器を返した。

猫汰も食事を終えると、「みつ。そろそろ帰るね」と猫汰が言って、二人席を立った。

光貴とあおはるの彼に見送られながら店を出る。外はもう真っ暗で、真上には白い星と月が浮かんでいた。

お互いの道が別れるまで猫汰とつれそって歩く最中。「そういえばさぁ」猫汰の機嫌がいきなりおちた。何事かと思いきや。「さっきのハルの話なんだけど」と続き、ああ、まだ俺が彼のファンだった話、ひきずってくるんだなと、嫉妬深い彼氏にちょっとだけ呆れる。

「昔の話ですよ、猫汰さん」

「でもさー、まんがいちさー」

「恋人が一番ですよ」これは効くだろうという切り札を、ここぞで使うと。「え?そう?うーんまあそうだよね?」一気に猫汰の機嫌が治る。

そして、治ったら治ったで、猫汰はひたすら、「俺がどれだけダーリンを愛しているか」を語り始めた。自分のことに対する自慢話なので、へーとかすごーいとしか、豪星には返しようがなかった。

共通の道がとぎれると、豪星と猫汰は「おやすみなさい」と言い合って別れた。



冬の訪れを早くも感じさせる、秋の最中。

教室の中、目の前をとおりすぎた猫汰の服からなにかがすべり落ちた。

床に落ちたそれを彼に渡すため背をおり、「猫汰さん」彼を呼び止めた際、ふと拾い上げたものを目にして、豪星は目玉が飛び出るかと思った。

豪星が拾ったのは、この前行われた学年テストの結果が印字された紙きれだった。「神崎猫汰」と書かれているので、ようするにこれは彼のテスト結果だ。

教科別にならべれた数値はその教科ごとの順位を現す。当然誰しも分かっているその事実に、なぜ豪星が驚いたかといえば。

彼の順位に3以下がなかったからだ。

じっくりと凝視しても、その数字は動かない。むしろ1とか2とかが良く見える始末だ。

なんだろう、この順位の高さ。

彼は一年留年しているため、その分勉強する時間があった。という理由でもちょっとおぎなえない数値の高さだ。

確かに、勉強よく見てもらっているし、その都度「頭のいいひとだなぁ」とは思っていたけれど……。

「あ、ダーリン。拾ってくれたの?ありがとー」振り返った猫汰が、豪星から紙を受け取るなり、「ごめんねぇ、ポケットに突っ込んだままにしちゃったー」とあやまりながら、それをくしゃくしゃに丸めて、教室のゴミ箱にぽいと捨てに行った。二度目の衝撃が豪星に走る。

「ね、ねこたさん……」声がひきつったまま、豪星はしどろもどろに、感じた違和感をすべて猫汰に尋ねた。すると。

「勉強のこと?うん俺ねぇ、勉強するのが楽しくて一時期はまってたの。そしたら教科書に書いてあることは全部おぼえちゃって。
だから勉強しなくても、高校生のテストはぜんぶできるんだー」

えー。

勉強ってそんな、「ゲームやりまくってたらクリアしちゃったの」みたいなノリで習得できるものかな??

「し、進学に有利そうですね……」

「え?俺進学しないよ?」

「えええ???」この成績で??

「あ!ダーリンが進学するなら進学する!俺、復学して超思ったんだけど、学校って、恋人がいるとすっごく楽しいよね!
ね?ダーリン、俺と大学行かない?」

「い、いえあの。俺就職希望なので……」

「そうなの?なーんだ、ざんねん。
あ、それよりもダーリン、もうしばらくすれば12月だねー、クリスマスだねー」

「そうですね……」教科書を暗記しているという事実よりも、猫汰の中では気の早いクリスマスのほうが重要らしい。

「あのね俺ね、好きな人とクリスマス過ごすのってはじめてなの。だから俺ってばすっごく色々かんがえちゃってー」

彼のクリスマスへのはしゃぎぶりを見て、豪星は「価値観ってひとそれぞれだな」と、つくづく思った。



そしてクリスマス。の、前日。

父親と家で、コンビニで買ってきたチキンとカップラーメンを食べていた時、突然、須藤家から電話がかかってきた。

何事かと思いきや。

『ひっく、ごうせぇ……、』電話に出たとたん、龍児のしゃくりあげる声が聞こえてきた。

「りゅうじくん?どうしたの?なんで泣いてるの?」

何度も、「なぜ泣いているのか?」と尋ねてみたが、龍児は泣くばかりで答えない。しまいには、電話口から彼の気配が消え、代わりに、『よう、豪星。メリークリスマス』須藤の、クリスマスを祝うわりには気の抜けた声が聞こえてきた。

「メリークリスマスです須藤さん。

それよりも、えーと、龍児くんどうしちゃったんですか??」

『……さびしいんだとよ』

「え?なにが?」

『お前にしばらく会えなくて、さびしいんだってよ。そう言って今日ずっと泣いてるんだよあいつ……』

「……ええと」

たしかに、秋は勉強だ行事だと慌ただしく、須藤家に誘われても遊びにいく予定がなかなか合わなかったし、冬休みになったらなったで、猫汰に「あっちいこうこっちいこう家で遊ぼう」と、予定をたてられまくって、須藤家に行くどころではなかったけれど。

だからと言って泣くことはないじゃないか龍児くん……。

『今日、クリスマスイブだっただろ?だからうちも、チキンとかケーキとか用意して、ちょっと調子こいてサンタのかっこうもしたりしてな』

案外ノリがいいよね、須藤さんて。

『で、龍児に、直接なにかほしいものはあるかって聞いたんだよ。
サンタ信じる歳でもないしな』

いやどうだろう。龍児なら信じちゃってるような気がする。

枕元に置かれたプレゼントを抱えて、「サンタがきた!」とか言っちゃいそうな気がする。

『けど、そしたらさぁ、あいつ、プレゼントは豪星が良い。豪星がほしいって言いだして、から、……えんえん泣き始めちまって』

「………へー……」

『俺はなにも、泣かせるつもりで聞いたんじゃないぞ。けど、どうやっても泣き止まねぇんだよ……。
いまだって、声だけでもと思ってお前に電話をかけたのに、泣くばっかりでしゃべらねぇし』

「へー……」

『なあ豪星……頼む。龍児のためを思って、近い内にうちに来てくれ』

「りょ、了解です……」

とはいえ、こちらもあちらも予定があるので、少しばかり話し合った結果、正月の四日から六日まで、須藤家に泊まり込みで遊びに行くことになった。

それで満足したらしく、須藤は突然の電話をわびてから豪星との通話を切った。

やれやれ。なにやら知らないところで大変なことになっているなと、溜息をついた次の瞬間。再び、携帯電話に着信が入る。こんな矢継に誰だと思えば、ディスプレイに「猫汰」の二文字。

せわしないなぁ、と思いつつ通話のボタンを押すと。『だーりん!』とろけた声が耳を通り抜けた。

『さっきから電話かけてたんだけど、ぜんぜんつながらないからどうしちゃったのかなぁって思ってた』

「すみません。お世話になった人から電話があったんです」

『そうなんだー?
あ、それよりダーリン、明日の確認なんだけどね、夜にお迎えにいくね?ちゃんとうちにいてね?』

「猫汰さん、それもう三回聞きましたよ」

『ねんのため~!
ていうのは口実で、あーはやく明日にならないかな!もう今すぐ会いたい!でもでも、当日のライブ感が欲しいから、俺今日はがんばってダーリンに会うのがまんするの~~!』

「ははは」何回聞いても、謎のライブ感かつ謎のがまんだと思う。

それから猫汰は、三十分ほど、「明日のクリスマスデートがいかに楽しみか、そして自分が豪星のことをどれだけ愛しているか」をプレゼンテーションした後、おやすみとしめて電話を切った。

テンションの高低差にややぐったりしながら、食べかけのチキンに戻ると、一連の電話をながめていた父親が、「ねこちゃんから?」と、たずねてきた。

「うんそーだよ」

「相変わらず電話長いねー、女の子みたい。
ところで豪星くん。パパずっと不思議におもってたんだけど、今日は猫ちゃんと一緒にいなくてよかったの?今日クリスマスイブなのに」

「ああなんか、猫汰さんが、今年はイブより当日のほうが俺的にはクリスマスの特別感が増す気がするんだよね。って言ってて、デートしたい人がそういうならまあ、ってことで明日出かけることになったんだよ」

「なにその謎の理由」

「父さんもそう思う?」

「おもうおもう」

だよねぇ、と言い合いつつ、なんだかんだこの辺は親子らしい感性だなと思う。

「いやけど、年末年始は慌ただしいなぁ」

「なに?豪星くん、予定いっぱい入ってるの?」

「はいってる。明日は猫汰さんと出かけて、年末は猫汰さんと出かけて、年始は猫汰さんがうちに来て、三が日は猫汰さんが来たり出かけたりして、四日から六日まではこの前言ってた友達の家に行く」

「ほとんど猫ちゃんに独占されてる!うける!」

「俺はもうちょっと落ち着いた冬休みが良かったんだけどなぁ……」

「いいじゃない。なにもないよりなにかあったほうが」

あはは!と笑いながら、父親が、「それにしても、晦日から正月まで、男をはしごするとかうける!」と、おもしろくない冗談を言うので、足のすねを思い切りけり飛ばしておいた。



二十五日、クリスマス当日。

猫汰に指示された通り、夜の六時前に家で待機していたら、部屋の間近で車の停まる音が聞こえた。

タクシーで迎えに行く。と言っていたので、もしかすると猫汰が来たのかなと思っていたところに、タイミングよく呼び鈴が鳴る。

カバンを持って扉を開けると、案の定そこには猫汰がいて、「おむかえにきたよー!」らんらんと出迎えられた。

「いこういこう!」と、豪星を連れ出す最中。猫汰はぴたりと足をとめ、豪星を上から下までながめた。そしてひとこと。

「ダーリン、今日はいつもより3パーセントおしゃれだね!」

「さんぱーせんと……」辛辣な意見に、がっくり肩が落ちる。

「猫汰さんが、今日はちょっと気合入ったところに行くから、いつもよりおめかししてねって言うから、俺がんばったのに……」

「だいじょうぶ!がんばりは伝わってくるよ!出来栄えはさんぱーせんとだけど!」

さんぱーせんと連呼しないで……つらい……。

「だいじょうぶ、ドレスコードがめちゃくちゃ高いってわけじゃないから、そのくらいで充分だよ。
さ、行こうダーリン。のってのって」

いつのまにか辿り着いていたタクシーの扉が、豪星たちを迎えるためにぱかりと開く。半ばひきづられる形で、猫汰と共に車に入ると、タクシーの運転手が「どちらまで行かれますか?」とたずね、「駅前のメルシィまで!」猫汰が行先をこたえた。

「そういえば、どんなお店なんですか?」待ち合わせ時間の確認はさんざん聞かされたが、内容はまったく聞かされていないことに気づき、たずねると。

「お肉もおさかなも野菜もおいしいところだよー!」猫汰がはつらつと万能なことを言うので、豪星はここでようやく、ちょっとわくわくしてきた。彼が(手料理はさておき)「ここは美味しい」と言って連れて行ってくれる店にハズレがないのだ。きっと今日行く場所の料理もおいしいのだろう。

タクシーに乗り込んでからしばらくして、車が駅前の大通りから一本離れた路地にたどりつくと、猫汰が料金を支払い、おごってもらう形になった豪星がすみませんすみませんと言いながら車を降りた。

「いいのいいの!あ、今日のディナーももちろん俺がおごるから!ていうかもう払ってあるから!」そう言って笑う彼の気軽さが、彼のイケメンぶりを三割ほど上げていた。

これで性格さえ残念じゃなければこの人ほんとにかっこいいのになぁ……。

「どうしたのダーリン?」

「いえ。神様が二物以上をひとに与えた時、ぜったいにそれを残念にする一物をつけてよこすのかなぁって……」

「なんのはなし??」

「いえいえ。こちらのはなしです」

それはさておき。

歩くことなくたどり着いた、木枠と擦りガラスがオシャレなお店に、猫汰が先導する形で入ると、すぐ、「いらっしゃいませ」と笑顔で近づいてきた店員に、「六時半に予約した神崎です」猫汰が、にっこりと笑って言った。

店員と猫汰が少しばかり事務的な会話をしたあと、猫汰と豪星は窓際の席に通された。

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