外装も内装もおしゃれなお店なので、「机にあらかじめ銀色の食器とか白くて丸い皿とかが並んでたらどうしよう。俺マナーなんて分からない」と、少しばかり身構えたが、机の上はいたって普通の、レストランによくある気軽な装備しか置かれていなくて、ほっと息をついた。

「ダーリン、なにたべるー?」猫汰が、机にたてられていたメニュー表を手に取って開く。「これなんてどう?」こちらに向けられたメニュー表が、写真付きかつ内容も分かりやすいものばかりだったので、ますますほっとする。読めない字とか書いてあったらどうしようかと思った。

「それじゃあ、俺、これとこれが良いです……」

「わかった。じゃあ俺はこれとこれと……あ、すみませーん!」

近くを通った店員に猫汰が声をかけると、直ぐに近づいてきた店員に、猫汰が「これとこれとこれと」写真を指さしながら注文していく。

「あと、シードルもお願いします」

「食前と食後、どちらにいたしますか?」

「食前で」

「かしこまりました」

注文をとりおえると、店員は奥へ去って行った。

料理がくるまで、猫汰と少しばかり世間話をした後。さきほどの店員がもどってきて、料理をつぎつぎに置いて行った。

大皿中皿小皿と、並んでいく料理の魅力的な香りや色合いに、「わあ……!」知らず知らず感動がもれる。

「どれもおいしそうですね!猫汰さん!」

「どれもおいしいよー」

一番最後に運ばれてきたビンに入った液体を、猫汰がお互いのグラスに注いで。それを猫汰が、豪星のグラスにかちんとあてて、「めりーくりすます!」笑顔で告げる。「メリークリスマスです!」豪星もつられて言った。

さっそく、美味しそうな料理に手をつけると。「おいしい!」案の定美味くて笑みがこぼれた。

「おいしいおいしい!猫汰さんどれ食べても美味しいです!」

「よかったー!」

「なんだろう!ええと、おしゃれな味がする!」

……って、なんだおしゃれな味って。

こんなに美味しいもの食べてるのに、俺って語彙力ないなぁ。だから服装もさんぱーせんとって言われちゃうのかなぁと、口は天国、気持ちは雨空でちぐはぐしていると。

「……やっべ……!!」目の前で突然、猫汰が口をおさえてふるえ始めた。どうしたんだろう??

「今の言い方かわいすぎだろ……っ!!オシャレの表現力がさんぱーせんとな俺の彼氏かわいい……!!」

「どうしました猫汰さん?」小声でぼそぼそなにか言ってるけど、聞き取れない。

「ううんなんでもないのでもちょっとまってすぐ落ち着くから……!」

「はい??」

へんなの。と思いながら、グラスに入った薄い黄色の飲み物をひとくち。

あ、これも美味しい。淡い炭酸に、薄めの甘さ。でも飲んだことのない味だ。なんのジュースだろう?リンゴみたいな味だけど、リンゴジュースとはまた違うような?

「猫汰さん、これおいしいですね、なんのジュースでしょう?」

頼んだ本人に直接確認すると、ようやくふるえがおさまったらしい猫汰が、さらっとした顔で。「ああそれね、シードルって言って、リンゴのお酒なの」

「へー……え!おさけ!?」

おどろく豪星の口元に、猫汰がひとさしゆびをあてて、「しぃ」と口をとじるよう示唆する。

「う、う……」もごもご、驚きが口の中だけでこだました。

料理とシードル(美味しくて、二人で結局全部飲んでしまった)を食べ終え、デザートもかたづけると、猫汰と豪星は会計をせずに店を出た。

「あらかじめ払ってある」とは彼が言っていたけど、どういう仕組みなのか豪星にはちっともわからない。ので、とりあえず、「ごちそうさまです」と、頭を丁寧に下げた。

「いいのいいの!
それよりダーリン、イルミネーションみにいこ!」

猫汰いわく、今、駅前では巨大なツリーが飾られ、そのツリーを中心にして大規模なイルミネーションイベントが催されているらしい。

あとの楽しみにとっておくため、当日まで秘密にしていたと言ってはしゃぐ猫汰が、一歩先を歩いて、イルミネーションの催事場へと連れていく。

その最中。

「あのう、すみません」

豪星のとなりから、ふと声がした。振り向くと、いつのまにか、二人組の女性が、ひかえめな笑顔で豪星を見ていた。

「おふたりですか?」

「え?あ、おれ?」

「はい。あの、わたしたちも二人で遊んでて……」

うん?なんでこの人、自分が遊んでいることをわざわざ豪星に伝えてくるのだろう?と、本気で数秒考えて、から。

――――あ!これ逆ナンパ!?と、おくれて気づく。

だがしかし、そんな経験したこともされたこともない豪星には衝撃的過ぎる展開で、「え、え、ええとあの」なにを言ったらいいのかしどろもどろしていると。

「――――あそんでるっていうかデート中だから!!これ俺の彼氏だから!!」

猫汰が大声で、豪星と女性の間に怒鳴り込んできた。その勢いに、豪星も女性たちも、あぜんとしてしまう。

猫汰はすぐ、豪星のうでをつかむと、強い力で豪星を引っ張っていった。

「い、いたい……っ、ねこたさんいたいです……!」

「ふざけんな!!ひとがめっちゃ楽しいときにあんな水さされるなんて最低!!」

「ねこたさん……っ」

「ダーリンもぼーっとしてないでよ!だからあんなブサイクな女に声かけられるんだよ!?」

「い、いや、かわいい人たちでしたけど……」

「はあ!?俺とのデート中になに他の女の顔ほめてんだ!!ぶっ殺すぞ!!」

「ひぇっ!す、すみませ……っ」

猫汰は、乱暴な手つきと足取りで、しばらく豪星を強引にひっぱりつづけたが、しばらくして、突然たちどまると、豪星から手をはなして、道端にくしゃっと座り込んだ。

「ね、ねこたさん?」座り込んだ彼のまわりを、おろおろしながらうろつくが、うんともすんともしゃべらない。

豪星は、まよったすえに、彼のとなりに同じようにすわりこんだ。男子高校生がふたり、夜道を座る様はなかなかシュールだ。

猫汰も豪星もだまって、じっと座っているうちに。「……もうやだ」となりで無言をつらぬいていた猫汰が、ぼそぼそしゃべりはじめた。

「おれ、今日のためにめっちゃはりきって準備したのに。ダーリンがよろこぶならぜったいここってところ、しってる店の中からめっちゃ厳選したし、クツも服も髪も全部完璧にしたのに。
まあクツも服も髪もほめてもらえなかったけど」

「す、すみません……おれ、審美眼がないので……」

「それはいいの。ダーリンはさんぱーせんとだから」

さんぱーせんと引っ張りすぎでは……。

「途中まですごくたのしかったのに、あとはイルミネーション見て猫汰さん大好きですってダーリンが言ってそのままキスすれば完璧だったのに」

一番最後のハードルが俺には高すぎる件……。

「なんなのもう、ぜんぶ台無しになっちゃった。せっかくのクリスマスなのに……はっくしゅ!」

ぶつぶつ文句をこぼしていた猫汰が、自分の文句をおおきなくしゃみではじきとばした。よくみると、彼の首筋が真っ赤に染まっていた。

「ううう……!おしゃれのために薄着したのも裏目に出た!
なんなのもう!なにもかもかっこつかない!」

「いや……猫汰さんはなにもしなくてもかっこいいですよ。
あ、そうだ。猫汰さんこれ……」

ふと思い出し、豪星は自分のカバンを開いて中をあさった。そして、紙袋をひとつ、取り出すと、となりでふてくされている猫汰に差し出した。

「なにこれ?」猫汰の視線が紙袋にうつる。

「プレゼントです。クリスマスですから」猫汰が紙袋を受け取らないので、豪星はいったん自分のほうに紙袋をもどして、中身を取り出した。

「なんてことないマフラーなんですけど、なにもないよりいいかなって……」

もっと詳細に言えば、「なにもないよりいいんじゃない?」と言ったのは父親だ。

クリスマスに彼氏とデートするんなら、なにか持って行ったほうが喜ばれるよ。猫ちゃんなら特に。との助言に納得し、豪星が近所の店で買ってきたマフラーだった。

「おれ、センスがさんぱーせんとしかないんで、びみょうなマフラーかもしれませんけど。
でも、猫汰さんなら似合いますよ。かっこいいですから」

思ったことをそのまましゃべって、ついでに、取り出したマフラーを彼の首元にまくと。猫汰は数秒、あぜんとしたのち、まかれたばかりのマフラーにもごもごと顔をうずめはじめた。

「どうしました?」まだふてくされてるのかと思いきや。

「うぅ、ぅ……っ」マフラーのすきまから、なにやら泣き声が聞こえてきたので、「どうしました!?」同じ言葉が心配に変わる。

「お、俺の彼氏がやさしくてかわいい……っ、うぅ……どうしようかわいすぎてないちゃった……っ」

「ええー……」そんな理由で泣くの?あいかわらず根拠が謎すぎる。

泣き止まない猫汰が泣き止むのを待って、しばらくして。

泣いてすっきりしたのか、けろっとした顔になった猫汰が、「ごめんね」とあやまってから、「イルミネーションいこう」気を取り直した様子で立ち上がった。

「はい」豪星も立ち上がって、来た道を並んで引き返す。

「あーあ、目がはれぼったい。
けどまあ、こんなクリスマスもありっちゃありか」

「ありですありです」

「だよねぇ、クリスマスとか関係なく、ダーリンがとなりにいるだけで、俺、しあわせだよねぇ」

「それはどうかと……」

「あはは、だってほんとだもーん」

しゃべって歩いているうちに。

道の向こうが明るくなった。



クリスマスも年末も三が日も終わった翌日のこと。

かねてより約束していた須藤家に行くため、寒空の下自転車を走らせる。

初めは冷たさに凍えていた体も、自転車をこぐうちに温まり、須藤家にたどり着くころにはほかほかになっていた。

手ぶくろを外して、立派な玄関にそなえつけられた呼び鈴を押すと。「はあい」という声と共に、中から沙世が出てきた。

「豪星くん、あけましておめでとうございます」

「あけましておめでとうございます」

「はいってはいって。さむかったでしょう?いつもわざわざ来てくれてありがとうね」

「いえいえ」

軽いあいさつを交わしながら須藤家の中に入ると。上がりかまちをのぼったところで、「ごうせー!」横の居間から飛び出してきた龍児に、どん!と抱き着かれた。

「うわっと!はは、龍児くんてば、びっくりしたじゃないか」

「あけましておめでとうございます!」

「あけましておめでとうございます。今年もよろしく」

「うん!」

熱烈な出迎えがひといきついて直ぐ、豪星はきょろきょろと辺りを見渡した。てっきり、須藤も笑顔であいさつに来ると思っていたのだが、姿がまったく見当たらない。

「沙世さん。須藤さんはどこですか?」彼の妻に、直接いどころをたずねると。彼女は、ふと溜息をついてから、「それがねぇ」片手を頬にくっつけた。

「あそこでねころがってるの」

「ん?あそこ?」沙世が指さしたのは、こたつの向こう、居間の片隅だ。

こたつを旋回して、「あそこ」と思しき場所をのぞくと、……そこには確かに、須藤が寝っ転がっていた。ぐうぐうと、たかいびきをかいて眠りこんでいる。近づくと、寝息から酒特有の香りがした。

「元旦から、ずーーっとこんな感じなの。今日は豪星くんが来るから、お酒はひかえてくださいねって言ったのに、わかったわかったなんて言いながら朝からぐいぐい飲んじゃって。
結局このありさまなの。だめよねぇ」

「そ、そうですね……」いやけど、逆にものすごく幸せな過ごし方な気もする。

龍児と言えば、父親が寝ていることなどどうでも良いらしく、豪星にむかってしきりにかまえかまえアピールをしている。

沙世も、ひとしきり文句を言ったらあとはどうでもよくなったのか、来客用のおやつやお茶の準備を終えてからは、豪星と龍児をほうっておいてくれた。

ちなみに須藤は、相変わらずそこで寝入ったままだ。

豪星は、おやつを食べたり食事をもらったりしながら、ひたすら龍児と遊んでいた。内容は、龍児がやりたいというので主にゲームだ。

龍児が、クリスマスに新しいゲームをもらったからやろうというので、それを二人で延々とやりまくっていたのだが。

その内、「こういうのちょっと飽きたな……」豪星がふと心情をもらした。

「こういうのって?」龍児が、きょとんとした顔でこちらを振り返る。

「いや、ほら、龍児くんの家にあるゲームって、二人で対戦、とか、二人で協力、とか、そういうのばかりじゃない?
俺たまには冒険するやつとかやりたいなぁ……」

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