「あの……」ちょっと聞いてみようかな。と、豪星が口を開きかけた時。「そうそうダーリン!」猫汰の声が先に被った。音量もあちらの方が大きい。自然と、豪星のつぶやきがのみこまれた。

「どうしました?」

「あのね!今度の日曜日もデートしよ!」

「ああ。いいですよ」最近、男デートに慣れてしまったのでさらりと答えると。「わーい!」猫汰が飛び上がる勢いで喜んだ。そして、勉強のために持っていたペンを机におくと、いそいそ、自分のスマホを取り出した。

「これ!これに行こう!」猫汰がスマホに表示させたのは、「動物園」の三文字。どうやら近所の動物園のホームページらしい。

「ここ!ここみて!」猫汰が、スマホをつついて、表示した画面を動かしてみせる。再びこちらに向けられたスマホには、「ナイトZOO」と書かれていた。

「ナイトずーって、なんですか?」

「夜の動物園だって!夜に見れる動物とかプロジェクションマッピングとかやるんだって!」

「へー。すごいですね」

「あのね!昼から動物園行って、そのままナイトZOOも見よう!今度の日曜日は動物園のデートにしよう!」

「いいですね。そうしましょうか」

「うん!いこういこう!」

約束をとりつけると。「それじゃ、俺今日は帰るねー」さっさと立ち上がり、帰って行ってしまった。

それから―――数日が過ぎ。約束の日曜日。

「おっはよーダーリン!」約束の時間に豪星の家に来た猫汰が、「晴れてよかったねー!でかけよー!」快晴を喜びながら、豪星をてまねいてきた。

つられて外に出ると、二人でバス亭に向かい、以前と同じようにして動物園まで向かった。

乗車してから数十分後。

動物園付近にあるバス停にバスがたどりつくと。豪星たちを含め数人がバスから降車した。行き先が同じなのだろう。まわりから、「動物園が」とか「ナイトZOOが」等、豪星たちの目的と同じ単語が聞こえてくる。

降車した客が、そのまま同じ道をたどって動物園へとたどり着く。

「ちょっと待ってて」猫汰が、豪星をその場に待機させ、自分だけでチケット売り場に並ぶ。

数分後、「はい!」豪星の分のチケットを差し出されたので、礼を言って受け取り、二人で園内へと入った。

「俺、動物園なんて子供のときぶりです」

「俺もおれも」

広い出入り口を抜けると、道が三またに別れ、それぞれ遠くに柵が見えた。

入って右手の道に進むと、小さな柵と大きな柵が近づき、それぞれに、うさぎやモルモット、馬や羊などがいれられていた。

小動物の方はふれあいコーナーが設けられていて、小さな子供が柵の中に入り、小さな動物の背を触っているのが見えた。

もっと奥の柵には豚が数匹、横になって眠っていた。大きな鼻からいびきが聞こえてくる。陽の明るい内から眠り込んでいるのは、怠惰なのか習性なのか。豪星には分からないところだ。

「ダーリン、向こうにサイがいるんだって。いってみよー」

猫汰にひっぱられ、サイのいる場所へと向かう。そして、いつぶりかに見る実物大のサイは思いのほか大きかった。

サイの近くにはキリンやしまうまもいて。それを見た猫汰が、「よくかんがえると、サイもキリンもしまうまも、こんな身近で見られるってすごいよねぇ」とこぼすので、たしかにと頷いた。

どれも、本当ならば海の向こうの生き物なのだから。財布に入ったお金でそれが見られるなんてすごいことだと思う。

サイやキリンの柵を抜けると、一風変わった建物が現れた。看板を見ると、「ペンギン」と書かれていて、なるほど、ペンギンを飼育するには屋内の施設がいるのだなぁと思う。

ペンギンの施設に入るとすぐ、冷えた空気が肌に触れた。施設の中はガラスがはりめぐらされていて、ガラス張りの向こうには、何十匹ものペンギンが、よたよた歩いたり、水の中を泳いたりしていた。

「わー!ペンギンかわいー!」猫汰が、ガラスに近づき、ペンギンの全身をじっくりと眺める。「写真とりたーい!俺のおにーちゃんがペンギン好きなのー!みせたーい!」とは言うものの。ここは撮影禁止なので、残念そうに見送っている。

「猫汰さん、おにいさんが居たんですね」気になった部分を尋ねると。「うん。いるよー」猫汰が振り返らずに答える。

「ほんとは俺、マンションでおにーちゃんと二人暮らしなんだけど、おにーちゃん仕事で忙しいから、俺ほとんど一人暮らしなの」

「そうだったんですね」

「ダーリンはひとりっこだよね?」

「そうですね。でも、兄弟に憧れた時期がありました」

「じゃあ俺がおにーちゃんになってあげる」

「ははは。ありがとうございます。でも、どちらかといえば俺、弟がほしかったんですよ。 かわいいじゃないですか。頼ってくれる下の兄弟いるって」

「えー?俺、ダーリンより年上だから、弟にはなってあげられないよー」

兄弟についてあれこれ話しながらペンギンを見て、あらかた見終えると施設を出た。

外に出るとすぐ、「ダーリン、あそこでやすもう」猫汰が近くの木陰に置かれた休憩用の椅子を指さした。

誰もいないそこに二人で座ると、猫汰がいそいそ、自分のカバンを探りはじめた。そして。「ダーリン。お昼にしよー?」中から、弁当箱と思しきものを二つ、取り出してくる。

「うっ」今日も外食かと思いきや。まさかの手作り弁当だった。

「動物園のデートだから、お弁当のほうが雰囲気出るかなと思って」

なるほど。彼の気分によっては外食ではなくなるわけだ。ひとつ勉強になった。

猫汰から弁当をひとつ受け取り、フタを開けて、見た目だけは大変美味しそうな弁当をじっくりと眺める。

なかなかハシをつけないでいると。「どうしたのー?」先に食べ始めた猫汰が不思議そうにたずねてきた。

「いえ……動物園で手作りの弁当食べるのはじめてだなって思って」

「あーそっか。ダーリンのおうち複雑だもんねー」

「ははは……そうですね。いただきます」

意を決してハシをつかみ、今日も覚悟の上で猫汰の料理を口にいれる。そして。

うわあ今日もすごい味が絶好調だ。

としかいいようのない料理を、もぐもぐ、がんばって咀嚼した。

完食すると、「ところで猫汰さん」ひとつ気になったことが浮かんだので、率直に聞いた。

「夜も弁当ですか?」

「ううん。さすがに二食分のお弁当は持ってくの大変だったから、お昼だけなの。ごめんね。 夜は園内でなにかたべよー?」

やったー!夜は外食だー!

「それじゃ、そろそろいこっか………っ、」

弁当箱を片付け、立ち上がろうとした猫汰が若干呻いたような気がして。「猫汰さん?」座ったまま彼を見上げると。「あ、ごめん。ちょっと靴紐ほどけてたみたいで」彼が、屈んで靴紐をなおしはじめた。

それが終わると、二人並んで再び歩き出し、しばらくしたところで。

「ダーリン、植物園だって」

猫汰が、小道の向こうに建てられた、造形の美しい建物と看板を交互にゆびさした。

「いってみようよー」

「そうしましょうか」

お互いの同意のもと、植物園に入ると。すぐ、大きな植物が豪星たちを出迎えた。説明パネルによると、主にここよりも熱い地域の植物が展示されているらしい。

乱雑なようで、しかし整頓されていると分かる絶妙な配置で展示される花や草をながめながら、綺麗だねぇとか大きいですねぇとか、簡単な感想を言い合っている最中。

「……あれ?猫汰さん?」植物の影に彼が消えた。かと思えば、本当にいなくなってしまう。どこに行っちゃったんだろうと、首を左右にうごかしていると。

「だーりーん」猫汰の声が、豪星の左右。ではなく、真上から聞こえてきた。

上を見上げると。いつのまにか天井付近の通路に昇ったらしい猫汰が、こちらに手を振っていた。

「ダーリン。上にいけたよ。みてみてー」

覆いしげる草花の向こうにいる彼を見ていると、本人の造形の綺麗さとあいまって一枚の絵のようだと思う。

豪星はふと、なんで今、俺は彼といっしょにいるのだろうなと思った。同時に、なぜ猫汰は、自分のようなしかも男にあれほど執着しているのだろうかとも思う。

いろいろなことがつりあっていない俺たちは、どうして二人、ここにいるのだろうか。

さまざまな疑問が胸に湧く豪星の目の前で、その時。

「……っ!」猫汰が急に顔をしかめ、傾いた。

「ねこたさん?」様子がおかしかったので心配になり、豪星も上につながる階段を見つけて彼の元へ急ぐ。が、見つけた猫汰はけろっとした顔をしていて。豪星はあれ?と思った。

「猫汰さん。さっきちょっと様子が……」

「え?そう?」

「そう……みえたんですけど」気のせいだったのかな、と首を傾げる豪星に。「そういえばダーリン」猫汰が言葉を挟んだ。

「のどかわいてない?」

「え?ああ、はい。そうですね。ちょっと」

「俺もかわいちゃったから先に出て飲み物かっておくね。ダーリンはゆっくり見てて」

そう言って、猫汰がさっさと階段を下りて先を行ってしまう。それを、「変だな。一緒に出ればいいのに」と思いながら眺めた。

階段を降りると。「やっぱり変だな」と確信し、見失った猫汰の姿を探すべく豪星も出口へと向かった。

出口はすぐに見つかったが、猫汰の姿が見当たらない。あの人ならば、飲みものをかって出口の分かりやすい場所に立っていそうなものなのに。

出口付近をくまなく探していると、ほどなくして猫汰の姿を見つけた。

彼は、植物園の裏手にある花壇と、植えられた木の陰に座り込んでいた。「ねこたさん!」駆け寄ると、屈んでいた相手の肩がびくっと震えた。

「あ、だーりん……っ」慌てた様子で顔を上げた猫汰の手元を覗き込んだ時。「うわっ!」思わず叫んでしまった。

「猫汰さん!足!」いつのまにか、血まみれになっていた彼の足に、豪星も同じように屈みこむと。

「ばれちゃった……」猫汰が、気落ちした声で笑った。

「ごめん、ちょっと、今日新しい靴はいてきたら、こすれちゃったみたいで……途中からやばいなぁとはおもってたんだけど」

「途中で気づいてたならいってくださいよ!」

「いや、だって、楽しくて、言いそびれて」

「足が痛い人つれて、俺が楽しいわけないだろ」

「あの……ごめんね」

「いえ。気づかなかった俺も悪かったです。すみません。 道中に売店あったんで、治療できそうなもの買って来ましょうか?」

「ううん。大丈夫。俺持ってきたから」

そう言って、彼は自分のカバンからポーチを取り出すと、その中から絆創膏や包帯や消毒液などを次々に取り出した。

同時に、水の入ったペットボトルとタオルも取り出し、傷口を洗おうとするので。「俺がやります。貸してください」自分の足を治療するのはやりづらいだろうと思い、治療を申し出た。

「ありがと」持っていた道具をいったんカバンに戻して、それごとこちらに渡される。

豪星はまず、タオルと水を手に取ると、猫汰の足の傷口を洗い始めた。

不慣れな手つきで、消毒から張り付けまで終えると。「できた!」豪星は猫汰の足から手を離した。

「血も止まったみたいですし、大丈夫そうですね。歩けますか?」

「う、うん。大丈夫」

「そうですか。良かった。 けど、どうしましょう。今日はもう帰ります?」

「ううん!ナイトZOOを楽しみに来たんだし、いこうよ!俺なら大丈夫だから!」

「無理してません?」

「してないしてない!」足を大きく振り「大丈夫」のアピールをしてみせようとする彼を「だめですよ」と制止し。次に「分かりました」と頷く。

「ナイトZOO、見ましょうか。俺も正直、楽しみにしてたんで」

「うん!」

「けど、痛くなったら言ってください。肩くらいしかありませんけど、俺のでよければ貸しますから」

「……うん」猫汰が不意に目をそらし、小さくうなずいた。そして、「おれのかれし、やさしい」ぼそぼそ何事かをつぶやいてからうつむいた。

「どうしました?足痛いんですか?」また様子が変だなと思い、顔を覗きこもうとしたが、さっとそらされた。

「なんでもない。なんでもないの」

そのかわり、下まで赤く染まった彼の片耳が見えた。



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