「なるほどねー」なにせアゲリハは専属の画商がついているくらいだ。店の壁に飾るにはふさわしいだろう。

「ところでサノト。私は私の絵よりも、となりの張り紙のほうが気になるぞ」

「え?なに?」絵にばかり目を向けていたので、隣の張り紙に意識が向いていなかった。のもあるが、そもそも眼鏡がないと文字が読めない。

眼鏡をかけ、視線をずらして張り紙を見ると、そこには「従業員募集」と書かれていた。

そういえば、以前は良く年配の女性がひとり、店の手伝いをしているのを見かけたが、今日はその姿がない。偶々彼女の休みの日に来たのだと思っていたが、辞めてしまったのだろうか。

「はぁい、お待たせしましたー」オギが丁度注文を取りに来たので。「珈琲二つと、パン。パンの種類は任せた。それとオギ、従業員を募集しているのか?」ついでにアゲリハが張り紙の事情を尋ねた。

「そうなんですよー!前まで来てもらってた人が数日前に、持病で突然辞めることになっちゃって、急いで斡旋会社に連絡したり知り合いに声かけたり張り紙したんですけど、誰も捕まらなくって」

困っちゃいました。とうなだれるオギから、アゲリハはふと視線をそらしてサノトを見ると。「サノト、お前はどうだ?」いきなり話をつなげてきた。

「え?俺?」

「そうだ。ここらで社会復帰してみたらどうだ?
そもそもだな。お前が趣味がないだのなんだの言い始めた本当の理由は、お前が暇だからだと思うぞ。
現に、仕事をしていた時は、無趣味を気にはしていたが悩みはしていなかっただろう?」

「そう……だね」言われてみればそうかも。

「オギのところなら適度に忙しいし、オギの人柄はご覧の通りだ。お前もバイトから社会復帰しようかななんて言っていた時期があったじゃないか。
趣味が欲しいというのならなおのこと、社会に戻れサノト」

「……あー、えーと」それもそうだな。いやでもこんな急に?

サノトの中で天秤が揺れて、そしてどちらかが大きく傾く前に。

「サノトくんうちに来てくれるんですか!?」野分のような勢いでオギに詰め寄られた。

「え、えーと。そうですね、そうしようかな?でもどうしようかなって今かんがえ」

「わぁありがとうございます!!やった!!こんな若い子が来てくれるなんて!!たすかります!!」

「えっ、えっと。いやでもどうしようかなってかんがえ」

「それじゃあお店閉めたらすぐに連絡しますね!おうちの番号をお聞きしてよろしいですか!?」

「オギ。サノトは私と同棲しているから、番号なら私に聞いてくれ」

「はいはい!承知しました!えーと………はいメモしました!ありがとうございます!」

夜に連絡しますねー!と、嬉しそうに叫びながら、オギは再びキッチンカウンターへと戻って行き、その際、絵画の隣に張った張り紙を片手でもぎとっていった。

サノトといえば。

「えーと?これ、もう採用決定ってこと?」

唖然としたまま、オギではなくアゲリハに聞く。アゲリハと言えば、「だろうな」くつくつ笑っている。

そして珈琲は、その数分後に運ばれてきた。

つづく

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