「へえ。……すごい。なんか感動しちゃった」

「サノトは自分の国の海を見ても、ここまで感動はしないだろう」

「え?ああ。うん。そうだね」

「どうしてか分かるか?」

「……見慣れてるからかな」

「そうだな。そこにあるのが当たり前で、慣れてしまっているからだ。
だが。当たり前のものを改めて。別の形として見てみるとどうだ。綺麗だろう?」

「…………うん」

「ひとは。当たり前のことを美しいとはなかなか思えない。
だから、当たり前をどれだけ大切に出来るかで、その人間の性根が問われるんだと思う。
私は、サノトはそういうことが出来るひとだと思う。
つまらないというのは本来大事なことで。それを忘れてしまえば、お前のいうつまらないことが起きるんだと思う。
だから、サノトが私に尋ねたことは正しい。お前と元の恋人がたどった道はつまらないものだ。
けれど、つまらないことの本当の意味を間違えないで欲しいと思う。
当たり前とは本来美しいことだ。この海みたいに。サノトの世界の海みたいに。
自分が、当たり前のことを大事にできる優しいひとだということを忘れないで欲しい」

聞いている内に涙が出てきた。

その通りだと思うし、そんな風に言ってもらえたことが嬉しい。

泣いているけれど辛くない。

「ありがと……」

しゃがみこんで膝に頭をうずめると、アゲリハさんが隣に座った。

静かで美しい異邦の海。そこで、サノトはいつまでも涙をながしながら思った。

俺はきっと、自分がつまらないことに泣かなくなるだろうと。



それからしばらくして。

アゲリハさんといえば。

「さのとー!遊びにきたんだぞー!」

相変わらずサノトの家に遊びに来ていた。

「おー、いらっしゃーい」来訪のあいさつをし、彼を出迎えると、部屋に戻って情報誌をめくる。

「なにを見ているんだ?」アゲリハさんが覗き込んでくるので、「仕事の情報誌だよ」掲げて見せた。

「そろそろ社会復帰してみようかなって思って。とりあえず仕事の情報誌買ってきた」

「そうかそうか。良いんじゃないか?
けど、あんまり急に忙しくしないで欲しいぞ。私と遊ぶ時間が減るだろう?」

「ははは。もちろん。俺も異世界なんて行けるようになったんだし。せっかくだからもうしばらくは遊びたいよね」

なにせ、貯金がまだ云百万もあるからね。贅沢さえしなければ、まだまだ余裕で遊び暮らせるよね。

「サノト。明日はうちへ遊びに来ないか?」

「え、明日か」突然のお誘いに、カレンダーを振り返る。が。

見ずとも予定はまっさら真っ白。

だから。

「うん、行く!」

n回目の異世界旅行へ。明日も行ってきましょうか。

おしまい。

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