「それ、は」喉のかわきがせりもどる。正直に言えば全然飲み足りない。数年分の飲欲が、目の前のエサにかみつけと、理性の向こうで騒ぎ立てている。

とはいえ。二度も理性をなくすのはごめんだ。豪星だって我が身がかわいい。

「どうなんだよ」答えられないでいる豪星の口元に、相手がいきなり指を突き入れた。

指先が歯や舌をなでまわす。その、うすい皮膚の下から甘い味がにじみでると、理性が一気にぐらついた。

「へえ。八重歯のところが普通のひとよりおっきい。これが牙なの?」

「やめてくださ……っ」

「はは。エロい顔しやがって。つくづく俺好みの顔してんねー」

ひとしきり咥内をこねくりまわした後、指を引き抜いた彼は「ねえ。いーよ?」と言って笑った。

「そういう事情なら、今後、君には俺の血がいるってわけだよね?なら、俺、君の食事になってあげるよ」

「……え!ほんとですか!」

「ただし」豪星に突っ込んだ手とは別の手で制される。見つめ合うこと数秒。「俺と付き合ってよ」にやりと、おもしろおかしく彼が言う。

「恋人になったら俺も君も、合意の上ってことで、なにしても犯罪にならないもんね?だから、俺の彼氏になったら俺のことかんでいいよ?」

「はあ……」

予想外の提案に面食らうも、しばし黙って考え込み。そして。

「あのー……」

「なに?」

「付き合うって、なにをすればいいんですか?」

疑問をそのままぶつけると、「ぶっは!」吹きだしざまにげらげら笑われた。

「なんだろうね!俺もわかんないや!けど、付き合ってみればきっとわかるよ!俺も、吸血鬼と付き合うなんて初めてだから正直なにしていいかわかんないし。ね、付き合ってからいっしょにかんがえよ?」

「はあ……」そんなものかな。

「で、返事は?」

「…………」

付き合えば飲んでいい。

それならもちろん。

「宜しくお願いします」

「ははは、やりぃ!」

―――あとで聞かされたことだが。

なりゆきで豪星の彼氏となった彼、もとい神崎猫汰(かんざきねこた)さんは、もともと豪星のことを知っていたらしい。

といっても、あの路地をよく使っていたもの同士。顔見知り程度の知己らしいが。

「俺ね、豪星くんの顔がタイプだったから、いつもめっちゃ見てたの」

そんな事を言われたのは初めてで戸惑ったけれど。

「俺、自分がイケメンだから、かっこいい顔は見飽きてるわけでしょ?だから、そこそこ顔立ちは悪くないけど、ぜーんぜんぱっとしない顔が好きなのね。そこに豪星くんの顔が、ぴっときたわけ」

とりあえず、猫汰さんの趣味の悪さは理解した。

そして、彼氏兼お食事いわく。

「まさか吸血鬼だとかぶっ飛んだ展開になるとは思わなかったけど、まあ、タイプの男の子が吸血鬼とか、ドラマみたいで面白かったから、付き合ってみたくなったんだよねー」

とのことで。

つまるところ。

貧血から一転。おいしそうな恋人が出来ました。



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