餅をごちそうになってから頃合いを見て帰宅すると、父親が部屋の中で煙草をふかしていた。その背に「ただいま」と声をかけると、直ぐに振り返って「おかえりー」と労ってくる。

それから、豪星が両手に持った袋の山(モチの残りを須藤がたくさん持たせてくれた)を見て、ぶは!と楽しそうに笑い出す。

「今日もお土産たくさん貰ってきたねぇ」

「うん、今日向こうでお祭りがあってさ、モチ投げを一緒に行かせて貰ったんだけど、拾い過ぎたから分けてくれたんだ」

「おお、正月以外でモチが食べられるなんて良いね、じゃ、早速明日食べよう」

「そうだね、明日食べよう」

餅の入った袋を冷蔵庫にそのまま入れてから次郎の餌の有無を尋ねると、もうやってあるよと父親が言って立ち上がった。玄関に向かうその背について豪星も再び外へと向かう。

先に外に出た父親が、隣に並んだ豪星を見ずに「今日は何食べたい?」と、煙草をもう一度つけながら尋ねてくる。

「特に何も浮かばないなぁ、エビフライも寿司もお汁粉も食べたし」

「なにそれ豪勢だね、あ、君の名前と一緒だ」

「自分でつけた癖にからかわないでくれる?」

「ちがうよー、母さんがつけたんだよ、君の人生が星の数ほど豪勢になりますようにって」

「まぁ、ある意味豪勢だけどさ…」

けれどそれは環境であって、自分自身は名前負けしている、と思うのが正直な所だ。

適当に喋っている内にアパートから一番近い場所にあるコンビニに辿り着いた。

いちおう好きな物を選んでおいてねと言われたので、軽く頷き小さな店内を徘徊し始めた。ちなみに父親は、真っ先に飲酒売り場に向かっていった。

お菓子売り場と、アイスの売り場と、麺類の売り場と、惣菜の売り場と。ぐるぐると二週してから選んだのは小さな蒸しパンケーキひとつだった。

何時もより酒を買い込む父親の元に向かって、これで良いよとソレを渡せば「君は毎年これだけは絶対に選ぶね」と笑われる。

「面白味が無くてつまらない息子でしょう?」

「いやいや、誠実な事は良い事だ」

豪星からケーキを受け取り、自分の欲しい物も決めた父親が、早速全てをレジに持って行って会計を済ませた。

コンビニにしては大きすぎる袋に全部を詰めて貰い、店から出ると、同じ道を再び戻って家路につく。

アパートに辿り着くと、買ってきたソレを机に並べて適当な場所に座った。父親だけが、立ったままクローゼットに向かい、奥から何かを取り出してくる。

父親が取り出したのは、小さな鐘と、手で抱えられるくらいに薄い板だった。

父親は、鐘を懐へ、板を机の真中に据えると、「さて」と豪星の向かいに座った。その目は何時にもまして優し気だ。

「豪星君、今日はどんな話が聞きたい?」

「…なんでもいいよ、出来れば何時ものあの話の続きが聞きたい」

「お安い御用だね、えーと、僕はどこまで話したかな?」

「気球に乗った所までは聞いたかな」

「そうか、もうそろそろおしまいかな、じゃあそれは最後のお楽しみにしておこう、今日もケーキを食べながらいろいろ聞いててね?」

「うん、わかった」

「よしじゃあ、はじめようか」

「………」

豪星は物心つく歳になるまで、誕生日というのは年に二回あるものだと思っていた。

誕生日とは、何時もよりちょっと良い物と、ケーキを食べて面白い話が聞ける日だと思っていたからだ。

誕生日と、もうひとつのその日になると、父は豪星をコンビニに連れてケーキや豪星の好きなものと、自分用の酒を買った。

それから、父親は時計が12時を過ぎるまでずっと豪星に楽しい話をしてくれた。その中でも豪星がひと際好きだったのは空を飛ぼうとした男の子の話だった。

その話は口説の癖に連載物で、夢と希望に溢れていて、けれど、何時も何処か現実的で、誕生日とその日しか聞けなくて、そんな、不思議な果敢なさが幼心によく響いたのだ。

しかし、17歳にもなると等々終わりの兆しを匂わせてきた。大した年月も生きていないのに、不意に、あっという間だったなと思った。

「この話ってさ、結局原作はなんなの?本?」

小さい頃は夢中で聞いていた話も、大きくなればそれなりに余裕を持って楽しめる。

何時の間にか過ぎた過去と今の時間。終わりを彩る少年の話。今日は何となく、その原本の事を聞いてみた。すると。

「どんな物語もね、人の生き死にの上にたつものさ」

「…意味が分からないよ」

「何時か分かるよ」

父親は一旦話を終えると時計を見た。秒針も分針も、後、数秒で明日を迎える際まで来ていた。

その、一日を終える寸前。父親は懐から小さな鐘を取り出し、近くに立てていた薄い板の前でちりんと綺麗な音を鳴らす。

ちりん、ちりん。

何度も何度も鳴らしてから、「なあ」と、その板に話しかける。

「しおり、豪星も、もう17歳になったよ、はやいもんだねぇ」

「………」

―――今日は母の命日だ。毎年父は、その日を誕生日のように祝う。まるでそこに誰かが居るかのように。

この控えめなえくぼが好きなのだと言った、父親が一等お気に入りの母の遺影が自分達を見ながら笑っている。

それを、優し気に優し気に微笑みながら見つめて、時計が日を跨いだ瞬間、複雑そうな笑みに挿げ替える。

「ほんとうはね」と、悲しそうな声で呟く。

「相手を思えば命日なんて祈らない方が良いんだ、なにもかも生まれ変わるのなら追悼なんて意味が無い、祈る振りで自分を慰めて、何時までも相手を縛りつけちゃいけないんだよ」

「それ、矛盾してるよ」

「…そうだよ?僕は母さんを何処にも行かせたくないんだ、死んじゃって、触れも話もできなくなったなら、せめて此処に居て欲しいんだ、生まれ変わってすら欲しく無いよ、しおりは彼女だけだ」

「父さん」

「ここに居て欲しいんだよ」

色々な声色を敢えて削ぎ落とした声を絞り出した父親が、ふっとこちらに振り向いて。

「ねぇ、そう思わない?」

にこり、と微笑んだ。

【覚醒編/前編完】

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